一夢庵風流記

No.3066

〈死んでくれるわ〉
そう思ったのだ。何が戦を避けよ、だ。何が鬼怒川を渡ったところで叩け、だ。敵が待ち構えている白川関に、敢えて挑んでくれる。勝敗は問うところではない。それが『いくさ人』の意地だ。
 
[結城秀康]
一夢庵風流記
父徳川家康に冷遇される秀康は関ヶ原の決戦に際しても上杉に対する抑えとして宇都宮に留め置かれた。表舞台から外された秀康は、せめて一暴れして華を咲かせてやろうと、上杉景勝に挑戦した。
↓ネタバレ反転↓
上杉陣には、秀康のいくさ人としての心の師匠ともいうべき前田慶次郎がいた。しかし、上杉景勝はこの挑戦に乗らなかったので結局秀康は戦うことができなかった。

No.2077

七年の病なければ
三年の蓬も用ひず
雲無心にして岫を出るもまたをかし
詩歌に心なければ月花も苦にならず
寝たき時は昼も寝
起きたき時は夜も起きる
九品蓮台に至らんと思ふ欲心なければ
八幡地獄に落つべき罪もなし
生きるだけいきたらば
死ぬるでもあらうかとおもふ

      無苦庵 前田慶次
 
一夢庵風流記
花の慶次最終回扉より
漢でありながらも雲のような生き方を
(gouzou氏)

No.903

「それは違うな」

 慶次郎は云うのである。

「悲しい奴は肩を寄せ合ってはいけないんだよ。みじめになるばかりだ。
 それにそんなことが出来ないのが悲しさじゃないか。
 みんな独り。それがいいのさ」
 
[慶次郎]
悲しい人間同士肩を寄せ合って何が悪いか、という問いに対する慶次郎の応え。
(弓彦氏)