第1章

悪魔秋子の招待状

 

「祐一さん。今度の連休に用事はありますか?」

ある冬の日の夕食後。ぼーっと、テレビを見ていた俺に、秋子さんはそう言った。次の連休か…。

「いえ、これといってありませんよ。どうかしたんですか?」

確か今度の金、土、日は三連休になっている。クラスの連中は旅行やら何やら騒いでいた。残念ながら俺は一人寂しい休日をすごすはずだ…。

「はい、実は最近山の上に別荘を買ったんです。もしよければ祐一さん友達を連れて遊びにきたらいいと思って」

…別荘を買ったって…。秋子さんの口調は新しくテレビを買った、と言っても違和感のない。すごい事を言う人だ。

別荘なんて安いものじゃないだろうに。一体年にどれだけ稼いでるんだ、この人は…。

「わかりました。何人でも誘っていいんですか?」

「大勢の方が楽しいですから」

では遠慮なく集めさせてもらいますか。

「名雪はこの事を知っているんですか?」

「もう話してあります。真琴にも。それにあゆちゃんも来ますから」

「わかりました。金曜日からですね」

俺は詳しい日程を聞いてから、自分の部屋に戻った。そして携帯電話を操作する。

「あ、栞。俺だ。実は…」

この時の俺は楽しみを前にして興奮していた。まさか、あんな事になるとは想像もせずに。

 

 

 

まだまだ暗い金曜日の朝6時。俺を含む水瀬家の住人達は玄関前のキャンピングカーに待機していた。

「あ、香織が来たよ」

「お、来たな栞…と香織」

「おはようございます、祐一さん」

「おはよう」

両手に荷物を抱えたふたりが、車の中に入ってくる。

別荘は山の中にあるということなので、ふたりの服装は動きやすさと防護を重点においてある…もっと簡単に言うとサファリルックだ。

普段はかわいらしい服を着ている栞がこのような格好をしているのをみると………おもわず顔がにやけてしまう。

「どうしたんですか、急に変な顔して?」

「いや、その服が似合ってるなと思って」

「そう言ってくれると嬉しいです。昨日お姉ちゃんと買いにいったんですよ」

「ああ、今すぐにでもサンカラ・ストーンを探しにいけそうだぞ」

「何ですか、それ?」

「詳しくはインディージョーンズの映画を見てくれ」

2作目を見ればわかるはずだ…。

「朝から相変わらずね、相沢君」 ふたり分の荷物を置いてきた香織が話しかけて来た。こちらもアウトドアな服装だが、別に心にゴゴゴゴゴゴゴ!とくるものはない。

「気にするな香織」

「ところであと何人くるの?」

「えーっと。あと4人だな」

ちなみにあゆ、天野、舞、佐祐理さんだ。

「北川くんはこないのね」

「ああ、連絡しても通じなかったからな。寂しいのか」

北川は連絡しても家族が留守を知らせてくれただけだった。なんでも学校をサボって旅行に行っているとか。せっかく美女(一部おこさま)が大量にあつまるというのに…不憫な奴。

「まさか、確認しただけよ」

「そうか」

あの顔からして北川が来なくてもどうでもいいといった感じだな。北川…おまえに希望の光はないぞ。

「しかしすごい車ね」

「俺もそう思う。画面で見せられないのが残念だ…」

「ゆ、祐一さんにお姉ちゃん…いったい何を話してるんです?」

「栞には分からない大人の話だ…」

「そうよ。栞にはまだ理解できないわね」

「……二人とも目つきが怖いです」

…仮に絵を出すとしたら…誰が書くってんだ…。まったく…。

「まったくね、残念だわ。これ秋子さんが買ったの?」

「らしい」

普段はいったいどこに置いてあるんだろう……。謎だ。

「おはようございます」

「美汐!」

「おはよう真琴」

今度は天野の到着だ。天野はカート付きのバックを運びながら車にあがる。

「よく来たな」

「今回はお招きありがとうございます」

「礼なら秋子さんに言ってくれ」

「美汐、奥に行こう!」

「はい」

天野は真琴と一緒に奥に行ってしまった。まったく真琴のやつは…。あまり天野に迷惑かけなきゃいいが…。

「おはようございます、祐一」

「…おはよう」

この声は…。

「おはようございます。佐祐理さん、舞」

ふたりの格好はみごとに違っていた。

佐祐理さんは大きな荷物を抱えており、服装だって機能性が高く、それでいて佐祐理さんらしさを醸し出している。

それに引き換え舞は…。小さなバッグ一つ。そして今にもフォークランドかベトナムにでも行けそうな服装だ(命名・マイ・ローズバンク)。

「…CATにでも入隊したのか」

「…ねこさん?」

「民間の対テロ部隊だが…分からないならいい…」

「…ねこさん」

「舞、これから俺達はどこにいくんだ」

「山の上のお屋敷」

お屋敷…ま、間違っては居ないが。

「そのとおりだ。で、その服装はなんだ?今にもガンホー・ガンホー言いそうだが」

「山用の服。ガンホーって何?」

「海兵隊用語だ。詳しくはフルメタルジャケットを見ればわかる。フルメタル・パニックじゃないぞ」

「…よくわからない」

「そうか、だろうな。しかし舞にとってはそれが山用か。ま、ある意味あってはいるが。

それでそのちいさなバッグには何が入ってるんだ?」

「…着替え…歯ブラシ…」

「それだけ?」

「それだけ」

…なんと言えばいいか。

「絶対に何か足りない物があると思うんだが…」

「佐祐理に借りる…」

「おまえなあ〜」

「いいんですよ祐一さん。舞、足りないものがあったら何でも言ってね」

「…お願い」

…なんとなく学校の修学旅行を思い出させるな…舞は。舞らしいといえばそれまでだが。

その後ふたりも車の奥に入っていった。

後はあいつだけか…。まったく最後までみんなを待たせたんだからな…もし「うぐぅ」とか言いながら現れたら一発こずいてやろう。

「うぐぅ、やっと着いたよ」

思っているそばからこれだ。

「祐一くん、おはよう」

「あゆ…」

俺は必殺のチョップをあゆの眉間に正確に振り下ろした。

「うぐぅ。な、なにするの祐一君!?」

クリーンヒットだ。

「おまえが一番最後だったからだ」

「そ、そうなの。ごめんなさい」

「いいのよ、あゆちゃん。まだ集合時間過ぎてないですから」

運転席から秋子さんが降りてきた。言い忘れていたが、この車を運転するのは秋子さんだ。

俺も免許は持っているが、残念なことというか当然というか普通免許しかもっていない。

秋子さんはすごい事に第一種の免許は全てもっているそうだ。よってこのキャンピングカーも運転できる。

もっとも秋子さんが「私はジェット機のライセンスも持っていますよ」とか言ってもすごいとは思っても、驚かないような気がする…。

「これで全員そろいましたね。では出発しますよ」

全員の所在を確認した秋子さんが運転席に向かう。ついに出発だ。

エンジンに火が入り、車が移動を始める。

秋子さんの話によるとここから10時間ほどかけて別荘にいくらしい。場所は最後まで教えてくれなかった。

発車してしばらくはみんなでカードゲームなどをして楽しく過ごした(ちなみにここにいる全員はお互いに面識がある)。

しばらくして、正午になったので昼食にすることにした。

みんなが持ち寄った弁当をテーブル上にならべる。…すごいボリュームだ。それの一翼が佐祐理さんの弁当、そして栞の弁当、これだけで重箱数個…どう考えてもここにいる全員を満腹にさせる以上の量がある。

しかも、それに加えて名雪の弁当、天野の弁当があるのだからさて、どうしたものか…。

「いただきます×9」

とりあえず食べることにした。普通に食べたところで香織、天野、佐祐理さん、栞がリタイア。たくさん食べたところであゆ、名雪がリタイア。

結局残りを俺と真琴と舞で平らげるハメに…。

「祐一…」

真琴が顔色を悪くして俺に倒れかかってきた。

「ど、どうした真琴?」

「気持ち悪い」

…そりゃ、揺れる車内であれだけ飲み食いすればな…。

「大丈夫か?窓の外の風景でもみてろ」

「あうー…………」

…ま、真琴の顔が真っ青な色を…。これは…もしかして…もしかして…。

「や、やめろ真琴!今すぐトイレに行くんだ!早く!」

俺は真琴を抱えてトイレに向かう。

「誰か手を貸してくれ!」

誰かが助けてくれないかと思ったが、全員とばっちりを恐れてか、距離を一定にたもっている。薄情な。

「あ、あう…」

「頼む、こらえてくれ!やめて、頼むから出さないでくれ!なんでもするから!それだけはやめて!」

どこぞの鬼畜エロゲーに出演している、キャラクターのように叫び声をあげてしまった。

それぐらい切羽詰っている。

「あ、あ、あ、あ」

「ひぃー!」

真琴に限界が……………。やばいやばいやばい!

「あれはノド元までチャージしていますね」

「もって5秒ですね」

「南無―」

誰かが他人事のようにつぶやいたが、誰が言ったかまでは判別できない。というかそんなことに構っていられない!早くトイレに!

「おえー」

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

…燃えたよ…燃え尽きた…真っ白に…。

「あうー、すっきりした」

「………………う…………う……………う……………う………………」

泣くしかなかった…。この状況を受け入れるには泣くしかなかった…。俺は泣き続けた。

その後真琴の○×だらけになった俺の服はごみ箱に…当然に体についた匂いは取れない。

「近寄らないでね」

「隅っこにいてください」

「見えないところにいてください」

「っていうか降りて」

「じゃま!」

そんな…俺は何も悪くないのに…。悪いのは真琴なのに…。張本人の真琴は○×の直撃も受けずに平然としているどころか、俺の非難までしている。俺って…。

「祐一さん。気を落とさないでください」

「佐祐理さん…」

こんな時でも優しいのは佐祐理さんだけだ…。

「祐一…くさい」

「舞、そんなこと言っちゃだめだよ」

舞はいつもどおりだった…。

異臭が酷いのと俺の精神面での問題を考慮してか、秋子さんが道中にある温泉に立ち寄ってくれた。ありがたい…。

温泉は人が管理しているものではなく、山の中の動物が入るような自然の産物だった。

ここでは温泉にサルが入っていたり、そのサルにあゆと真琴が食べ物を持っていかれたり、熊が乱入してきてそれを舞が撃退したり、美人OLが殺人に巻き込まれたりなど、色々あったりしたが、話が長くなるので詳しい説明は省かせてもらう。

「祐一、何か余計な説明があったよー」

名雪がツッコミを入れてくるが無視無視。

「祐一さん。気分転換に一杯飲みませんか?」

運転席から秋子さんが声をかけてくる。

酒か…確かに今の俺には心の薬…琥珀色の液体が必要だ。

「喜んで」

「後ろのクーラーボックスにありますから」

確かにクーラーボックスがあった。

中にはビールが大量に入っていた。

別にギンギンに冷えてはいなかったが…。

「皆も飲むか?」

意見を聞くと全員が飲むことに。

「乾杯!!」

全員に缶が行き渡って乾杯。

一気に缶の中身を飲み干す。

さて…人間が飲むと色々な症状が出るものだ…。

そしてここに居る面子も例外ではなかった。

 

「あ、ビールってこんな味なんですね。佐祐理はワインしか飲んだことがなかったです」

飲んでも変わらない人。

 

「…………魔物………魔物……魔物……祐一……佐祐理……フ……フ……フ…………」

………なんか電波を受信している奴。

 

「………z………z………」

寝る奴……っていうかいつも寝てるか…。

 

「祐一君!!」

「なんだよ!?」

「楽しいね!美味しいね!!ハ、ハハハハハ!」

妙にハイになる奴。

 

「相沢さん!」

「な、なんでしょう?」

「ハードボイルド小説と言えばチャンドラーかハメットが代表格ですよ」

「は、そうだな」

「日本ではチャンドラー派が多数なのです。私もチャンドラー派です」

「そ、そうか」

「それはつまり■から出ているRPG…最終幻想では野村ではなくて天野閣下がいいのと同じ理屈です」

「そ、それは好みの問題かと」

「皆、わたしの事を根暗とかおばさんとか言いますが!!根暗ではなくてハードボイルド!寡黙な女なんです!」

「べ、別に俺はそんな根暗なんて言わないぞ」

「そうです!相沢さんはいい人です!言うのはユーザーの皆さんなんですよ!!」

「ユーザー?」

「私はハードボイルドです」

…………抑圧されたものを発散する奴。

 

「祐一………」

「な、なんだよ真琴?」

「死んで」

「は…………」

「死んで」

「な、何だその剣は!!!ま、舞!?」

「これで上半身と下半身がお別れよ!」

「す、ストップ!」

「大丈夫よ。足なんて飾りよ」

「それは何でも赤い人の乗った機体だ!」

「7年後には金色よ…こんなところで朽ち果てる己のみを呪うといいわ」

「ま、漫画の読みすぎだ!」

ヤベッ!!殺人鬼になった!

 

「どうせ……人間いつか死ぬのよね。交通事故だったり…病気だったり……殺人だったり…」

「か、香里さん?」

「ふ…寒いわね……現世は寒いわ……」

「………………」

壊れた!!

 

「祐一さん……」

「なんですか?」

「私は危ういところで死ぬのを免れましたが、それは大宇宙の意思なんです!」

「は?」

「入院しているときに私は大宇宙から神秘の光…バモイ○○キを浴びました」

「それヤバイよ!マジヤバイよ!」

「そして大宇宙の掲示を受けた私は、宇宙の真理を広めるために現世に蘇ったのです!」

………チャネラーになった……。

 

それから数時間……ようやく全員から酒が抜けた…。

これからこの連中とは絶対に酒飲まないぞ。

「しかしここはどこなんでしょう?」

栞が俺に聞いてくる。確かに暗くなってきた道に標識など道を示すものは見当たらない。

「わからん。知っているのは秋子さんだけだ。名雪は聞いてないのか」

「私もわからないよ」

名雪も知らないとなると、やはり秋子さんのみが知るか…。

しばらくすると車がさらにわき道にそれていった。そしてその先には大きな屋敷らしきものが見える。

「あれかな?」

「だろうな」

「すごいよ!まるでお城だよ!」

…確かに…あれは外国の映画などにできてきてもおかしくないような大きさと外見をしている。別荘とは言っていたが、まさかこれほどの屋敷とは…。

車はさらにスピードを落とし、そのまま屋敷の手前あたりで止まった。

近くで見ると改めて屋敷の大きさに驚く。窓の配置から見て2階までしかないが5階建てのビルほどの高さがあり、面積は自分たちの通っている学校ほどはありそうだ…。いったいどうやってこんな屋敷を買ったんだ、秋子さんは。

「こっちですよ」

荷物を抱えて降りた俺たちの前に秋子さんが現れ、入り口があるであろう場所に誘導してくれる。

道を歩いてみてわかった事だが、どうも今まで人の手があまり入っていなかったらしい。道は荒れ放題で、草の背も高い。

そのうちに屋敷の正面玄関らしき場所に着いた。

「今、玄関をあけますね」

秋子さんが懐から鍵の束をとりだした。鍵の数はざっと見ても十数…。それと同じだけの部屋があるのか。

 

ガチャ ギギギギギギギギ

 

錠が開く音と、扉のきしむ音。そして次に、屋敷の内部が俺たちの前に姿をあらわした。

内部は西洋風の佇まいをしており、天井からはシャンデリアがぶら下がっている。

「私はこれから食料の買出しに行ってきますから、皆さんは中で自由にしていてください。客室は自由に使ってくださいね、数は充分にあります。それから屋敷の西館…左側の扉ですけど、荒れているので入れないようにしてありますから」

そう言って秋子さんは車のあるところへ戻って行った。鍵を渡していかなかったって事は西館以外のドアの鍵は全て開いているのだろう。

「じゃあ、みんな疲れている事だし、秋子さんが戻ってくるまでは自由行動にしようか」

玄関から入ってすぐにある広間に入った俺は荷物を降ろしながらそう言った。秋子さんが戻ってくるまでは夕食にはありつけそうにないし、何よりも俺は疲れているので、ここにいる全員を相手にする余裕はなかったからだ。幸い広間にはソファーがあったのでそこに腰を落ち着けた。

「そうですね…。真琴、一緒に荷物を置きに行きましょうか」

「うん」

天野と真琴が最初に広間の奥にある扉を開き足を踏み入れた。そしてその姿が見えなくなってから次の声があがった。

「佐祐理…お風呂」

「わかりました、舞。一緒にはいろうね」

次に佐祐理さんと舞が奥にいく。

「名雪はどうするんだ?」

動く気配のない名雪に向かって聞いてみる。

「私はしばらくここで休んでるよ」

「じゃあ私も付き合うわ」

「ボクも」

名雪、香織、あゆの三人はここに残留するらしい。さて、俺はどうしたものか…。

「祐一さん」

「なんだ?」

「さっきここに来る途中に庭があったですよね」

「ああ、確か…」

「一緒に行きませんか?」

「…そうだな。いいぞ」

「では早速。お姉ちゃん、荷物頼みますね」

「はいはい」

「名雪、俺の荷物頼む」

「わかったよ、栞ちゃんと同じ部屋に置いておくね」

そんな気を利かさなくてもいいのに。そう思いながら俺と栞は玄関のドアに歩いていった。

「さて、相沢君の荷物を物色しましょうか」

「そうだね」

「相沢君…こんな物を…」

「祐一…何考えてるんだろう」

「祐一くん…見損なったよ!」

「だああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!」

こ、こいつらには常識って物はないのか!人の荷物を何の躊躇もなしに物色するとは。

「やめんか!」

「まだ居たんだ…」

「早く行きなさいよ」

「貴様らが余計なことをするからだ!」

「運び賃よ、ただ働きさせるつもりだったの?」

…香織…あんたって人は…。

「…もういい。じゃあ後は頼むから…」

肩を落として玄関のドアを開ける。玄関の向こうでは先に行っていた栞が待っていてくれた。

「何があったんですか?」

「気にするな…」

さすがにこんなことを説明する気もおこらず、俺は栞をつれて庭のあたりまで歩いていった。

庭に近づいてみると、そこもろくに手入れがされていなかった。草が覆い茂り噴水も水が流れておらず、ただ濁った水が溜まっているだけだ。

しかしこれだけ荒れているということは随分と長い間人がすんでいなかったのだろう。まあ、だからこそ秋子さんが別荘として購入したのだろうが。

「手入れはされていないが、とりあえず広くていい場所だな」

「そうですね。しかし秋子さんはどうしてこんな場所に別荘を買ったんでしょう?」

それは俺も考えていた事だった。これだけ人里離れた場所に別荘を構える必要があるのだろうか…。どうせならもっと便利なところに構えればいいのに。

「さあな…秋子さんの考えることはよくわからん」

「そうなんですか、しかし何時になったら秋子さんは帰ってくるんでしょうね」

「今が7時だからな…夕食はあの人のことだから、そう遅くはならないはずだから、すぐに戻ってくるだろう」

「しかし、食料を買いに行く必要があるでしょうか?最初から車に積んでおけばいいのに」

「人数が多いからだろう。これだけの人数を食わそうと思ったら大変だろうから」 本心からそう思っていたわけではないが、とりあえずそう答えた。

 

玄関ホールに戻ってみると、そこには誰もいなかった。客室の方に行ったのかとも思ったが、どうもそうではなさそうだ。

なぜなら広間のソファーの横には俺の含めた5人分の荷物が起きっぱなしになっていたからだ。

「まったく人の荷物を放りっぱなしで…どこに行ってるんだか」

「トイレじゃないですか」

「ま、そんなところだろう。仕方ない荷物は自分で運ぶか。いくぞ」

俺がソファーの横にあった自分の荷物を肩に背負って奥に進む準備をしているのに栞は動こうとしない。

「…………………」

「なんだ?まだここに居たいのか?」

「こういうときは男が女の荷物を持つものだと思うんですけど」

「…俺だって荷物が多いんだ。自分で持ちな」

「祐一さんは冷たい人ですね」

「はいはい、わかったから早く荷物を置きに行くぞ。そうしたらいくらでも栞のわがままに付き合ってやるぞ」

「わかりました」

しぶしぶと栞が荷物を手にとる。

「では行こうか」

荷物を背負った栞と一緒に、東館への扉に向かう。

 

ギギギギギギギギギ

 

大きな音を立てて扉が開く。扉の奥には直線の短い廊下が広がっていた。廊下には突き当たりと、中央の壁に扉が付いている。

まずは客室を見つけないといけないな…とりあえず手前にあるほうの扉をあけてみることにした。

「ここは…」

「埃っぽいですね」

扉を開けると嫌な空気と共に部屋の構造が広がる。

それほど広くもない部屋に、いろいろな大きさのダンボール箱や日曜大工で使いそうな道具が置いてある。

「物置…みたいですね」

「ああ。とりあえず今は用はない。突き当たりのドアの方を調べてみよう」

今度は突き当たりのドアを開けてみるとまた廊下が続いていた。ただ、今度の廊下は先ほどの廊下よりもずっと長く、突き当たり以外にも3つのドアが付いていた。先ほどと同じように手前のドアを開ける。

「ここが客室だな」

「きれいな部屋ですね」

部屋には俺たちが寝るには十分な数のベッドが並べられており、鏡台や机などが置かれている。

よく見れば隅っこの方には真琴や天野、佐祐理さんたちの荷物も置かれている。

「祐一さん、鳥がいますよ」

「え?」

栞の見ているところをみてみるとそこに鳥篭が置いてあった。そして中には一匹の鳥が。

「これは…」

「オウムですね。いやアレフですか」

「ヤバネタはやめてくれ………。俺が気になるのは誰がこの鳥にエサをやっているかってな…」

ここには誰もいないはずだ。それなのにここには生きのいい鳥がいる。

秋子さんは今日はこの館の中の奥には入っていないから、秋子さんが持ってきたのでもないはずだ。

「それもそうですね。不思議です」

「ああ」

…考えてもしょうがない。このことは気にするのはやめよう。

「さて、これからどうする」

「そうですね、とりあえずこの建物の中を全部見てみませんか?」

「そうだな。じゃあとりあえずそこの部屋を見てみようか」

そこの部屋とは客室に付いている扉の奥のことである。構造的に廊下にあったもうひとつの扉と同じ部屋にでるのだろうが。

 

ガチャ

 

扉を開けると落ち着いた感じの部屋が俺の目に入る。テーブルにイス、テレビにキャビネット…ここは居間だな。

「大きなテーブルですね。ここなら全員でトランプなんかができますね」

「観鈴ちんぴんち!」

「何か言いましたか?」

顔は笑っているが目はマジだ…。

「…ごめんなさい」

「わかればいいんです」

別にこれといってこの部屋では見るべきところもないので、俺たちは次の部屋に足を向けた。

「しかし他のみんなはどこにいるだろうな」

「さっきから人の気配がしませんね。きっと奥の方に固まっているんですよ」

「かもな、もしくはこの部屋にいるかもな」

そう言って、俺は次の部屋のドアを開ける。するとじっとりとした空気が顔にかかる。ここは…

「トイレだな」

「祐一さん、バスルームがありますよ。奥からシャワーの音がします」

確かにさっきからシャワーの水音がしている。誰かシャワーを浴びているのか…。

「誰がいるんですか?」

「……返事がないな」

「ちょっと見てきます…祐一さんは覗いたら駄目ですよ」

「分かってるよ」

栞がバスルームに入っていく。

「祐一さん!何か変です!」

奥から栞の叫び声が聞こえてきた。何だ!

「どうした、栞!」

これがこれからおこる惨劇の幕開けだった。