第2章

血飛沫の中で舞うカエル

 

「それが…」

そこにあったのは西洋風のバスルームだった。しかし厚いカーテンがかかっていて誰が使用しているかまではわからない。

「どうしたんだ?」

「さっきからカーテンが開かないんです。声をかけても返事がありませんし…どうしましょう」

「どうしましょうって…もしかしたら頭でも打ったのかもしれない、強行突破するぞ」

「はい!」

俺はバスのカーテンに手をかける。もしかしたら名雪がシャワーの途中に寝ただけかもしれないが、そうだったら役得だ。

…………デジカメ持って来ればよかったかも。

なんで俺はデジカメを持ってこなかったんだ!!!!!

「…不埒なことを考えませんでしたか?」

「え……いや…そんな事は」

「何故ドモるんです?」

「そんな事はどうでもいい!!とにかく強行突破だ!」

俺の考えは全て見透かされているのか。

ま、まあいい。それよりも。

 

ガシャッ!!!

 

カーテンを思い切り引っ張る。カーテンは思ったより簡単にレールからはずれた。そしてそこには……。

「ヒッ!」

「ッ!!!!」

カーテンの奥は一面赤。赤い壁、赤い湯、赤いバスタブ、赤いカーテン…すべて赤い液体で装飾されている。

そして中央には赤の噴水。赤い装飾の出所…。

まるで冷蔵庫の牛肉のようにつるされた人。切り裂きジャックにでも愛されたかのように切り傷をつけられた体……。

…その数は俺と栞が両手両足の指を使っても数え切れないほどだ。

腹部からは赤い糸が垂れている…。………内臓。

さらに上の方に目をやる。断末魔の表情が目に入る。女だ。

恐怖にゆがんだその顔は生前のよく笑っていた…もう過去形だ……からは想像もできない。

彼女は俺の友人で、いっしょに食事をしたことも家に泊めたこともあった…。

「あゆさん…」

赤い肉の塊はあゆだった。あゆが……ここで死んでいる。

「!!!!!!!!!!」

足が震える。立っていられない。胃の中身が逆流してきた。そばにある便器に飛び込む。

「うっっっっっ!!!」

胃の中身をすべて吐き出す。情けない…涙がでてくる。栞は恐怖におびえながらも目をそらさずにいるのに…。

以前、女のほうが今のようなスプラッタ状況に強いとテレビで見た。

俺はそんな情けないことにはならないぞ、なんて思っていたのに…。現実はこうだ。

「祐一さん、しっかりしてください」

「すまん…大丈夫だ」

俺はなんとか立ち上がる。俺がしっかりしないと、でないと俺たちもこうなるかもしれない。落ち着くんだ。

「ど、どうします?死んでますよ!」

「と、とりあえず他の皆にこのことを知らせよう…。そして警察に連絡してから…ここから逃げよう…まだ犯人がいる可能性がある…。でもその前に……」

「その前に?」

「あゆを下ろしてやろう…。このままじゃいくらなんでも可愛そうすぎる」

「……はい」

あゆは食い逃げをしていろんな人に迷惑をかけていたが…こんな殺され方をされなきゃいけないほど罪深くはないはずだ。

そして俺があゆに手を触れた瞬間だった。

 

バシャーーーーーーッ!

 

水しぶきが上がる。あゆの血が俺の体中にふりかかる。そして赤い血煙のなかで俺が見たもの……巨大なはさみだった。

「祐一さん!」

「ッッッッッ!!!!!!!!!」

バスタブの中からはさみが飛び出し刃を閉じる。俺の服の袖がさける。もしもう少し低く手を伸ばしていれば………。

その時俺は見た。冗談のような光景。テレビで見ていたなら笑い飛ばしていただろう……いや呆れて物も言えないか…。

そこにいたのは大きなぬいぐるみ…。人が被るぬいぐるみ。

けろぴーだった。あの名雪の愛用のぬいぐるみだ…。

それがはさみを持ってバスタブから飛び出していた。

手を引っ込める。

コンマ1秒ほど前に手があった場所の空気をはさみが切り裂く。

反射的に飛び掛る。

俺の本能が叫ぶ。

初手で仕留めなければ殺される!

顔面に思い切り拳を打ち込む。

サンドバックをなるかのような手ごたえ。

完璧に入ったはずなのに微動だにしないけろぴー。

もう一発!

今度は腹に目掛けて拳を突き出す。

やはり二度目はなかった。

繰り出した拳はけろぴーの腕に捕まれる。

「!!!」

自分でもわけのわからない叫び。

万力で挟まれたかのように骨が軋み肉が悲鳴をあげる。

「!!」

苦し紛れに放つ残ったもう片方の拳。

しかしそれも捕まれる。

けろぴーの無機質の目が俺を見る。

プラスチックかガラスか…。

ともかく透明な材質の瞳。その奥にもう一つの瞳。

それは人間の瞳。

血の通った瞳。

激しい痛みが一瞬どこかへ飛び、寒気を感じる。

人の目であるのにけろぴーの物よりもより無機的に感じられた。

人の目がただ冷たさだけを感じさせる…。

目が俺とあった次の瞬間…何故か両拳の拘束がとかれた。

無意識の行動。生への執着。反射的に栞に手が伸び抱きかかえる。そして足はバスルームの出口へ。

これ以上戦おうなどとは思わなかった。

異常な状況、異常な死体、異常な凶器、血に染まっている自分の姿…。

何よりもまったく歯が立たなかった事実。

全てが俺の戦意を奪っていた。

全力で走る。ドアを叩き閉めた。

冗談のような光景だったが、逃げなければあゆのようになっていただろう。いや……これからいくらでもそうなる可能性がある。逃げなければ!

「祐一さんアレは!?それにお姉ちゃんや名雪さんは!?」

「アレがあゆを殺したんだ!逃げないと俺たちもああなるぞ!」

栞の手を引っ張って走る。

その時俺はあせっていた。だから出口に走ればよかったに、逆に奥の扉に入ってしまった。

扉の奥は大きな広間だった。残念なことに隠れられそうな場所はなかったが、代わりに多くのドアがあった。うまくやればアレをまける。

一番奥のドアに飛び込む。ガレージだった。

「わらの中に隠れるんだ!」

俺は積み上げてあったわらを指差す。そしてそれを手につかむと栞にかぶせた。

「絶対に声をだすな」

「祐一さんは!?」

「いいな!」

栞を黙らせて改めて回りを見る。俺はどこに……あそこだ。

そこにある物は無数のダンボール箱…俺はその一つに身を隠す。

隠れてからしばらく後。ドアが開く音。

 

シャキンシャキン

 

金属をこすり合わせる音。はさみをもてあそんでいるのだろう。やぶれた隙間から外を覗く。

栞が隠れている場所が見える。けろぴーがそこに近づく。

俺は身構えた。もし栞が見つかったら。俺が犠牲になってでも栞だけは逃がす。

けろぴーはしばらくはさみで遊びながらうろつき

…………そして離れた。栞は助かった。あとは俺か…。

けろぴーがこちらに近づいてきた。

鼓動の数がます。心臓が破裂しそうだ。息を潜める。

 

シャキンシャキン

 

音がそばまできた…。

「……………………………………」

………足跡の一つ一つが死神の吐息に思えてきた。

音が遠ざかっていく。そして扉が開く音。とりあえず助かったのか…。

しばらくしてからダンボール箱から出る。

「栞」

「な、なんとか助かりましたね」

「立てるか?」

「すいません、手を貸してもらえますか」

「ああ………」

右手を差し出し栞の手を掴む。

が、掴めない。

右手の指がうまく動かない。

折れてはいないようだが…。

「祐一さん?」

「すまん、左手で我慢してくれ。大丈夫だ…しばらくしたら大丈夫そうなんだが…」

栞に手を貸して起こしてやる。体中にわらだらけだ。助かったんだから文句は言えないが。

落ち着いてから自分の身を見る。

体中に血まみれだ…。さきほどのことが現実であったまぎれもない証拠…。

「………あゆさんは」

俺の考えをよんだのか栞がつぶやく。

「何も言うな…。今は生きている人のことを考えよう」

「………そうですね。早くこのことを知らせないと。お姉ちゃんを探さないと」

「そうだな。とりあえず携帯で他の皆に知らせよう」

懐から携帯電話を取り出す。とりあえず携帯を持っている人だけにはこのことをすぐに知らせないと。

「…ッ駄目だ!」

圏外だ。電波が通じていない。

「栞、お前の携帯はどうだ?」

「あ、はい………駄目ですね。圏外です」

「まずいな…」

…電話が通じないと警察も呼ぶことができない。

「しょうがありません。家の中に電話があるかもしれませんし。探しにいきましょう」

「ああ。だがちょっと待ってろ」

部屋にある戸棚の前に立つ。

工具、オイル、バッテリー液……懐中電灯…これは使えそうだな。だが本命はこれじゃない…さらに戸棚を探る………あった。車のキーを手にとる。

「栞、もし俺が死んだらこの車で逃げるんだ。いいな」

「祐一さん」

「なーに、今見たがこの車はオートマだし燃料も充分ある」

「そうではなくて」

「なに、あくまでもしもの時だ。死ぬ気はないよ」

「絶対にですよ!私は祐一さんが死ぬなんて絶対にいやです」

「ああ」

俺だって死にたくはない。しかもそれがあんなかえるに殺されるかもしれないとなればなおさらだ。

大広間に入る。改めて見回すと、俺たちが入ってきたドア、ガレージへのドア、そしてそれ以外に5つのドアがある。

他の皆がいるとしたらこれらのドアから続いてる部屋のどれかだろう。

一番近くのドアに手をかける。もしかしたらけろぴーが待ち構えているかもしれないので少しだけドアを開ける。

いきなり開けられないようにドアに体重をかけながら中をうかがう。けろぴーはいないようだ。

ドアを開けて中に踏みいる。

「ここは…」

「台所ですね」

栞の言うとおりそこは台所だった。大きな冷蔵庫、戸棚、水道なんかがある。残念なことに電話はないようだ。

一見だれもいないようだが、もしかしたら隠れているかもしれないので人が隠れられそうな場所を見てみる。

「しかし暗いな…照明はないのか」

「ここにスイッチがあるんですけど…切れてるみたいですね。さっきから反応がありません」

「仕方ない…さっきの懐中電灯を使うか」

懐中電灯のスイッチをオンにする。目の前に丸い光の円が浮かび上がる。

電池が消耗しているんだろう、その円は小さく頼りない。だがないよりはマシだ。

「祐一さん、冷蔵庫がありますよ。アイスがあると嬉しいんですが」

「この状況でもまだアイスが食べたいのか…」

「でも昼からなにも食べていませんし」

そうだった…。考えてみればもう昼からずいぶん経っている。

たしかに何か胃に入れておいたほうがいいのは事実だ。

「そうだな、アイスはともかく、何か食べ物があれば…」

「アイスもあったほうがいいに決まっています!」

「はいはい」

冷蔵庫の中には誰かの体の部品がしまってあった…などということはなく、それどころかほとんど何も入っていなかった。

入っているものといえば、ミネラルウォーター、小麦粉、フルーツの缶詰、それにキムコくらいか…。

「まあ当然だな。普段は誰もいないここに食料を置いておいてもしかたない」

「残念です」

「缶詰は食えるだろ」

「でもアイスがありませんでした」

「あ、そう…。とりあえずこの缶詰だけはいただいておこう」

「ちょうど二個ありますし、一個ずつですね」

「落着いたらどこかで食えばいい」

もっとも落着けるときなんていつになるか…。

「ここはどうかな…」

隅っこには人が入れそうなおおきな業務用冷蔵庫が設置してある。冷蔵庫が二個とは贅沢な…。慎重に開けてみる。

中には肉が少しつるしてあるだけだった。

「ここには誰もいないみたいですね」

「ああ。だが…奥になにかあるぞ」

…目をこらしてよく見てみる。懐中電灯の光を反射するものがある………鍵だ。当然この屋敷の鍵だろう。俺は手を伸ばす。

「オワッ!」

指に痛みが。あわてて手を引っ込めると指先に何か食いついている。………大きなゴキブリだ…。しかも複数。

「きゃああああああぁぁぁぁ!!!!」

「大声を出すな!噛まれているのは俺で、栞じゃない」

急いでゴキブリを振り払う。

「えい!えい!えい!」

栞が立てかけてあったほうきでゴキブリをやっつける。

落ち着いてから自分の腕の状態を確認する。

数箇所から派手に血が垂れる。

「祐一さん、アレ!」

見れば冷蔵庫の中にはさらに大量のゴキブリが……。

慌ててドアを閉める。残念だが鍵はあきらめるしかない。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ……」

手近にあったタオルで止血をして部屋を出る。

しかしここはまるでお化け屋敷だな…。大きなゴキブリだなんて真琴の言い訳じゃあるまいし。

大広間にでて次の扉に手をかける。

 

ガチャガチャ

 

鍵がかかっているようだ。もしかしたら先ほどの冷蔵庫の中の鍵が使えるのかもしれない。

まあ鍵がかかっている場所に誰か入れるわけでもないから放っておいてもいいだろう。

次のドア……これはすんなりと開いた。

さっきと同じように中をうかがい安全を確認してから踏み入る。

埃っぽい空気……ここも物置のようだ。

「誰かいるか」

小さな声で呼びかける。

…………………………。

誰もいないようだ…。しかし物置に何か役に立つものがあるかもしれない。栞と一緒に部屋を探索してみる。

「祐一さん。何を持っているんですか?」

「ああ…ロープだよ。何か役に立つかもしれない。あとは鉈だ。奥にあった」

こういう何があるか分からない場所だ、備えておくに越した事はない。

「鉈ですか…。そういえば昔のRPGで鉈男という敵キャラがいましたね」

「どんなゲームだよ…」

「えーっと…テレビ局のスタッフが不気味な洋館に閉じ込められて化け物と戦いながら出口を探すゲームです」

「……今の俺たちの状況からして笑い話にもならんぞ…それにそれってバ○オハ○ードじゃないか」

「大丈夫です。メーカーは同じです」

「あ…そう」

「しかし……いったいこの館は何なんでしょう?」

「……わからん」

「少なくとも普通の人ではなかったんでしょうね」

「だな。そろそろ出ようか」

あいつがいないか用心しながら部屋を出る。

そして次の部屋へ。

扉を開けた瞬間。

「あうーーーーー!」

いきなり何か棒のようなものを振り下ろされる。

しくじった!

「祐一さん!」

俺は慌てて手に持っていた鉈で棒を受け止めた。

棒の持ち主に目をやる。それは…。

「真琴、俺だ!」

「えっ、祐一?」

「ああ、だから棒を下ろしてくれ」

「ゆ、祐一――――――――――」

「ほら、泣くんじゃない。無事でよかった」

本当に…無事でよかった。

もしかしたら俺たち意外全員殺されたかも…。

ずっとそんな考えが頭にあったからな。

「あうー」

「ほら泣きやめ。もとから酷い顔がもっと酷くなってるじゃないか」

落ち着かせるために真琴を抱きしめる。

「あうー」

「………………」

栞の視線に何か恐ろしいものを感じるが……非常時だ。勘弁してもらおう。

「」

真琴だけか?いったい何があったんだ?他の皆は?本当はすぐにでもそれらを聞きたかったが、まずは真琴を落着かせないと。

「あうー」

「ほら、落着け」

しばらくして、ようやく落着いた真琴は、自分にあったことを話し始めた。

「え、えーっと」

真琴の話によると天野と佐祐理さん、舞と一緒に部屋に荷物を置いた時にけろぴーが襲ってきたらしい。

最初は誰かの冗談かと思ったらしいが、天野が腹のあたりを切られて、冗談ではないと分かったらしい。

そのあと逃げ出す時に真琴は他の3人とはぐれてここに隠れていたらしい。

「そうか、じゃあ他の皆はどうなったか分からないのか」

「うん」

「しかし天野が…」

…とりあえず殺されはしていないようだが…急がないと。

「とりあえず真琴が無事でよかった…しかしこの部屋………」

部屋はなんと言うか…用途がよくわからない部屋だ。本棚が数個。ロウソクののった机。

そして何より…。

「壁画……ですね」

そう、壁一面に大きな絵がかかれているのだ。

「何か儀式のようですね。人間に、祭壇…これは悪魔ですか……」

確かにこれは何かの儀式のようだ。さしずめ悪魔はけろぴー…といったところか…。

「今の状況じゃ洒落にもならんな……」

よく見ると祭壇には何か乗っている。これは………人形か……。

「前の持ち主の趣味でしょうか…?」

「そんなのどうでもいいじゃない!早くここから出たい!」

「ああ……」

部屋をでても、もう調べられる部屋はない。残っているのは鍵がかかっている。

鍵は、逃げ込んだ誰かが内側からかけたのかもしれない。

見捨てて逃げるわけにもいかない。

まず俺たちは最初に入った、寝室と居間を調べることにした。誰か隠れているか、鍵があるかもしれない。

まずは居間。

暖炉、戸棚など調べてみることにした。

「なにも見つかりません…」

「真琴も」

ブウゥン!ザーーーーーーーーー

「誰だ、テレビをつけたのは?」

俺の後ろで突然音がして、テレビがつく。電波が来ていないらしく、小さなノイズの音だけが部屋に響き渡る。

「真琴じゃないわよ」

「やってませんよ」

二人は何もしていないという。

たしかにテレビのスイッチを入れるには少し距離がありすぎるか…。

「栞と真琴は先に客室に行っててくれ」

「祐一さんは?」

「俺はもう少し調べてみるよ。何かあったらすぐに言ってくれ」

「分かりました…。気をつけてください」

二人は隣の客室に移動する。

二人が隣の部屋に移動したのを確認すると、俺はテレビに近寄ってみた。

どうにも気になる。

画面を見てみる。これといって気になるところはない。

次に背面パネルを見る。ごく普通の規格の物だ。とり越し苦労だったか…。

しかし次の瞬間俺の背筋は凍りついた。

「電源が…」

ネズミにでもかじられたのであろう…コードが途中で断線していた。

断線したコードを見ている俺の背中では今でもノイズの音が鳴り響く。

体中から冷や汗が吹き出る。

自分の顔が青ざめているのもわかる。

後ろに何か気配を感じる。

もし今振り向いたら、得たいのしれない何かを見てしまうのではないか…。

足が動かない。

気配はまだ後ろに感じる。

だがここで足止めされるわけにもいかない。

意を決して振り向く。そこではただノイズを垂れ流すテレビがあるだけ。

胸をなでおろす。

そしてスイッチに手を伸ばす。このままテレビがついていたら、発狂しそうだ。

電源を落とした。意外なほどあっけなくテレビの画面が消える。

その後どれだけスイッチをいじっても画面はうつらない。

「二人はどうしてるか」

そう思い、歩こうとした時、テレビの画面が再び写る。

心臓が止まりそうな俺の目にテレビの画面が入る。

ノイズではなかった。

得たいの知れない何か…。

この世のものとは思えない色彩…………質感………形状…………。

そしてそれには目がついていた。

自分が住んでいる世界には居てはならないもの…。

以前読んだクトゥルーに出てくる怪物を連想させられた…。

そう……怪物だ。

だが一瞬で異形の物は画面から消える。

静寂だけが残った。

足が全力で隣の部屋に駆け出す。

ここは人間が居てはならない場所だ…。

 

 

「遅かったですね」

客室に入ると、栞が声をかけてくる。心拍数が下がる。

「どうしました?顔色が悪いですよ」

「…すこし疲れただけだ。それよりも誰かいたか?」

おそらく俺の顔は真っ青なのだろう。自分で分かる。

吐き気がする。

動いたら戻しそうだ…。

「誰も…。でももう少し何か無いか探してみます。祐一さんは少し休んでいてください」

「ああ…そうさせてもらうよ」

確かに俺は疲れている。ここで少し休んでおかないと。

壁にもたれかかって座り込む。

少し気分が落ち着く。

すくなくともここには人間がいるからだろう…。

部屋では二人があちこちを物色している。

しばらくボーっとしながら部屋を眺めていると目に付くものがあった。

最初にここに来たときには気が付かなかったが…。

部屋の中央…絨毯に赤い染み…。血痕だ…。

見た感じまだそれほど時間はたっていない。

そうか…あれは…天野のモノか…。

真琴の話だと、腹の辺りを切られたんだったな。

傷に適切な処置をしてじっとしていればいいんだが。

他の皆はどうしているだろう…。

名雪と香織………………名雪はともかく香織は要領いいからな…きっと大丈夫だろう。

舞と佐祐理さん…………舞ならあんな奴に殺されはしないだろう。佐祐理さんを守ってうまくやっているはずだ。

そう、きっと大丈夫だ。生き残ってここから脱出だ。

 

 

「祐一!」

耳元で大声。この声は。

「真琴、大声出すなよ…」

「小さな声じゃ起きなかったじゃない」

…俺は寝ていたのか…。

「どのくらい寝ていた?」

「10分くらいよ」

…10分。

たいした時間じゃないが、気分は良くなっている。

「そうか…何か見つけたのか?」

「なんにも…だから他の場所を探さないと」

「ああ…」

その後物置と玄関ホールを調べてみる。

しかしどこにも誰も居ず、ろくな物がない。

そしていけるところが無くなった…。

「さて…どうしたものか」

今居る中央ホールで立ち往生していても仕方が無い…。

だがいける場所が無い…。ドアを突き破ろうとしても無駄だった…。

…もうここにいる3人でここを脱出するしかないのか…。

しかし…。

 

バタンッ!

 

どこかドアの開く音。そしてそこには

「出たー!」

けろぴーが立っていた。まずい…。

「逃げるぞ!」

二人を前にして走り出す。けろぴーが出てきた扉の反対の扉…居間などがある廊下だ…。

そしてさらにその奥入り口の方へいこうとしたが。

「どうした!」

「鍵が!」

先ほどまで開いていた扉の鍵が…。

「こっちだ!」

反射的に寝室に飛び込む。

「どこかに隠れるんだ!」

俺は見る。隠れられそうな場所は…ここだ。クローゼットの中に飛び込む。見れば真琴はベッドの下、栞は暖炉の中に隠れていた。

え、なんで同じ場所に隠れないんだって?一箇所に固まっていたら全滅する可能性があるだろ。

って…だれに説明してるんだ…俺は。

 

ガチャッ……シャキンシャキン

 

けろぴーが部屋に入ってきたようだ…。

静かな部屋にけろぴーの足音が響く。

しばらく部屋を見ていたようだが、見つけられないのか、隣の部屋への扉に手をかけた。

助かった…。

「ベッドノシタベッドノシタ」

………心臓が止まりそうになった。どこからか声が…………オウムか。ベッドの下には真琴が…。

 

シャキンシャキン

 

けろぴーがベッドに近づく…。しかも真琴が隠れているベッドだ。

はさみが振り上げられる。やめてくれ!飛び出そうとしたが、足が動かない!

そしてはさみがベッドに…………。

「!!!!!!!!!!!」

意味不明の声が…真琴の悲鳴だ。

今飛び出せば助けられるかも。

だが足がどうしても動かない。

そして耳にささやかれる一つの警告。

 

出て行っても死体が増えるだけだ。

 

それは俺のなかでも冷酷な部分の声。

 

死にたくないんだろ。

 

うるさい!黙れ!俺は…俺は…。

なんで足が動かないんだよ!?

なんで飛び出ていけないんだよ!?

なんで目の前で友達が…家族同然の人が殺されて平気なんだよ!?

足が動かない!動かない!動かない!

ベッドの下から大量の血が流れる。けろぴーははさみを抜き、もう一度ベッドを突く。

「!!!!!!!!!!!」

再び真琴の悲鳴……。

ゴロン…とベッドから何かが転がり出てきた…。

あれは…真琴の……足……。

けろぴーは何度も何度もベッドを突いた。

「……………………」

そして悲鳴も聞こえなくなった。

満足したのかけろぴーは部屋から出て行った。

部屋に静寂が戻る。

クローゼットから出た俺はベッドの下を覗いて見る。

「…………………」

ベッドの下にはバラバラになった真琴が……。かっと見開いた目はいったいどこを見ているんだろうか。

いや…それは俺だな…俺は真琴を見殺しにしてしまったんだから。そう…俺は真琴を見殺しにしちまったんだ!

「許してくれ……」

真琴の顔に手をやり目を閉じてやる。

「お前が!」

オウムを手に掴み床に叩き付ける。

「殺してやる!」

そして踏みつけた。

「殺してやる!」

けろぴーがしたように何度も何度も何度も。

「殺してやる殺してやる!」

「落ち着いてください!」

栞が俺を止める。オウムはもう死んでいる。

「し、しおり……」

涙がでた。悔しくて、悲しくて、情けなくて……。

「祐一さんは悪くありません!だから泣かないでください」

「だけど俺は……」

「それよりも早く他の人を探さないといけません!」

…栞は強いな。

いつだってそうだ。

俺は情けない奴で…でも回りは強い…。

「すまん…俺がしっかりしなきゃいけないのに」

栞の言うとおりだ。今は生き残りを集めてここを脱出しないと。でないと…。

 

その後悪いとは思ったが真琴の荷物を探ってみた。

もちろん栞がだ…。俺は直接は見てないぞ。

「こ、これは…」

「どうした!?」

「いいものがありました」

栞の手のひらには小さな円柱があった。殺虫剤だった。

あいつ…俺の寝床にしかけるつもりだったんだな…。

だが使えるぞ、これは。

 

 

 

俺は台所の冷蔵庫の前にいた。残った一つの扉は鍵がかかっていた。

そして玄関ホールへの扉はどうやっても開かなかった。ここにある鍵を手に入れないと、俺たちはどこにもいけなくなる。

「開けますよ」

「ああ」

栞が冷蔵庫のドアを開ける。そして俺は手に持っていた殺虫剤を噴射する。ガスが出なくなるまで薬を散布した。

そして数分後、ゴキブリが死んだであろう冷蔵庫に手を伸ばす。

腕が痛む。もしもこの殺虫剤が効いていなければ今度はこれくらいではすまないかもしれない。

だが何の問題もなく鍵を手にする。金色の鍵だ。

「これでどこかドアが開けられるんでしょうか?」

「多分な…」

もしこれでドアが開かないなら俺たちは行けるところが無くなる。他の皆には悪いが、車で脱出するしかない。

緊張しながらドアに鍵を差し込む。

 

カチャリ

 

抵抗もなくドアの鍵が解除される。

そして中にはいる。誰もいないようだ。豪華な家具類。

「誰もいませんね」

「ああ、だが何かあるかもしれない。少し探してみよう」

二人で家捜し…。探すものといえば…………何か物を入れるものが数個、酒が入った棚、暖炉の中などか…。

「これは…」

「なんですか?」

戸棚にあのジャムらしきビンが入っていた…。

「秋子さんが置いたのか…」

秋子さんは以前もここにきたことがあるだろうから、ジャムがあっても不思議ではないが…。とりあえずポケットにビンをしまう。

本当はこんな物欲しくもなかったが、俺の勘が役に立つといっている。

「次の部屋に行きましょうか」

「ああ」

しかしその瞬間、後ろでドアが開く音。

反射的に剣を構える。逃げ場はない。今度は逃げない。栞だけは絶対にここから逃がしてみせる!

「どうしたんですか祐一さん?」

「……………秋子さん」

緊張が一気に解ける。入ってきたのはけろぴーではなく秋子さんだった。

秋子さんはここで何があったのかも知らないようで、のんびりとした調子で俺たちに話しかけてきた。

「なにかあったんですか?」

「た、大変です。ぬいぐるみがでてきて。おおきなはさみを持っていて。あゆさんが」

「?」

栞が事の説明をしようとしたが、うまく説明できないでいる。この状況じゃ無理も無いが…このままじゃ埒があかん。

「俺が話すから、栞はドアの方を見ていてくれ」

「…はい」

栞にもその自覚はあったのだろう。素直にドアの見張りにつく。さて…。

「秋子さん、いろいろあったんで…何から話せば…」

俺は秋子さんに今まで会ったことを話した。あゆと真琴が殺されたこと。けろぴーのぬいぐるみを着た殺人者が屋敷内をうろついていることなどだ。

「大変だったんですね」

秋子さんは相変わらず落ち着いている。死体を実際に見ていないからだろうか、それとも何があっても落ち着いていられるのだろうか?

「秋子さん、ここには電話はないんですか。ここは携帯電話も電波が通じなくて。警察に知らせないと!」

「電話ですか。この部屋にはありませんけど、車に電話がついてますよ」

「じゃあ、それで」

俺は秋子さんの手を引っ張ってドアに向かう。

 

ドガンッ!

 

目の前に閃光が走る。わけがわからない。ほほに何かが触れる…。冷たい…。これは……床?なんで床が?俺は寝ているのか…。

「秋子さん!?」

遠くに栞の声が聞こえた気がした。確認しようとおもったけど…目の前が真っ暗になっていく…。 何も考えられない……。