第3章

前門の主婦・後門のカエル

 

…………ここはどこだ?

なんでこんなところに?

…………栞がいない。

…………何もない。

…………俺は一体…。

わけがわからない。

全身を動かす。痛みはない。動かない部分も無し。

とりあえずは大丈夫みたいだな。

「とりあえず…歩いてみるか」

何もない場所をあてもなくさまよう。

どこまでいっても何もない。

今まで会ったことを思い返す。

あゆが死に、真琴も死んだ。

はさみをもったケロピーに殺されたんだ。

血に染まったあゆ。体中を切り刻まれ風呂に吊られている。

ばらばらになった真琴。生きたまま解体された。

見開いた目が俺を見る。

何故見捨てた?

俺に向かってそう語っているようだ。

卑怯者を見る目。蔑む目。冷たい目。

そして俺はこんな様。

馬鹿げた話だ。

そう…馬鹿げた話だ。

あんなことがあるはずがない。

あるはずがない。

そうあるはずがないんだ!

夢だった!

俺は何も考えずに歩き続けた。

誰かいる。あれは?

「祐一君!」

「………あゆ」

目の前にあゆ。

違和感。

鼻につく匂い。

夢で嫌というほどさっき嗅いでいた……血の香だ。

あれは夢じゃなかったのか?

あ、そうか。

俺も…

「死んだ?」

改めて自分の体を見てみる。

外傷はない。俺はどうして死んだ?

悔しさや無念を感じない。死んだ実感がないからだろう。

「ここは…三途の川の向こう岸か?」

「さんずのかわ?」

…そんな事もしらないのか。

「あの世だよ」

「死んでないよ」

「どういう事だ?」

「正確に言えば死にかけだね。生きるも死ぬも祐一君しだい」

「そうか…」

まだ…助かるのか。

「ねえ、祐一君。一緒に逝こうよ。ぼく寂しいよ」

「俺も一緒に…か」

「うん」

「それもいいか……」

「これかれも一緒だね」

「いいか…いいか…いいわけ…いいわけない!」

「…………」

「悪いな。一緒には行かない」

「どうして?」

視線を中空に向ける。

そこには何もない空間。

だが俺の目には雪の町の風景が映る。

雪の街での出来事。親しい人々。

「俺が昔あの町にいたときも…いろいろ酷いことをしたり嫌な事があったりした」

「?」

「それで再びあの町に帰ってきたときにはすっかりその事を忘れていた」

「………」

「自分にとって都合の悪いことからは目をそらして生きていたんだ…」

自己嫌悪。

「でも祐一君は思い出してくれたよ」

「ああ…」

「俺は今、あゆや真琴が殺された事からも目をそらそうとしていた」

自己嫌悪。

「………」

「また同じ事をしたくない」

また…嫌なことから逃げるところだった。激しい自己嫌悪が身を焦がす。本当に俺は…。

「譲れない!これだけは譲れない!譲れるわけ無いんだ!」

「それでいいと思うよ」

「あゆ…」

「祐一君がそう決めたんなら、それが正しいと思うよ」

あゆの目に涙。

「すまんな…」

「謝らないでよ」

「ああ…。それじゃあ俺は行かないと。大切な人たちが待ってるから」

「うん。それじゃあまたいつか」

「10年後か…50年後か……いやすぐに再会かもな」

「そうならないで欲しいよ」

「…とりあえず俺の好きな人たちは…あゆと会わないですむようにするよ」

決意。

絶対に忘れてはならない決意。

  

 

「祐一さん!大丈夫ですか!?」

「あ…」

大切な人の声。

「しっかりしてください!」

「………あれ………栞………俺は一体…」

目の前に栞がいる。俺は…そうか…秋子さんに会って…それで。

「祐一さん、大丈夫ですか?」

「ああ…だけど一体何が?」

辺りを見回してみる。薄暗くて冷たい部屋だ。周りは冷たく湿ったコンクリートの壁。そしてこれは…鉄格子?閉じ込められているのか?

「ここは?」

頭が痛い。どうにも記憶がはっきりしない。

「どうやら牢屋の中らしいです。祐一さんは秋子さんに頭を殴られて…それで私も同じように。気が付いたらここにいたんです」

秋子さんが俺たちを?じゃあ…。

「祐一さん…あのぬいぐるみの中身は…」

悲しそうな顔。

「言いたい事はわかる。秋子さんが犯人じゃないかって言うのだろ」

「はい」

そう考えるのが自然だ。秋子さんは今日のためにこの屋敷を購入し、そして俺たちを連れてくる。そして…。

殺す。

「秋子さんが犯人なんだろうな…」

「いったいどうして?」

「わからない…。だが今はそのことよりも生き残ることを考えよう。とりあえずここから出ないと」

このままここにいても仕方がない。他の皆も秋子さんを見ても疑いもしないだろう。俺たちと同じようになる。早く知らせないと。

鉄格子の錠前を見てみる。大きな錠だ。ためしに揺すってみる。

「駄目ですね…」

びくともしない。何か道具がないと。

自分の身を改めてみる。しめた、持ち物はそのままだ。

鉈を腰のベルトから抜き、かまえる。

「栞、離れていろ」

思いっきり鉄格子に剣を叩き付ける。

「オラー!!」

 

カーーーーーーーーン!

 

高い金属音が響き渡る。しかし鉄格子はびくともしない。ただ俺の手がしびれただけだ。

むしろこちらの鉈が刃こぼれをおこすしまつだ。

「オラ!オラ!オラ!」

「頑張ってください!」

繰り返すこと数回…。

鉄格子ほぼ無傷…鉈…無数のヒビと亀裂…俺…汗だく。

「こりゃ鉈じゃ無理だな…栞…牢屋の中に何か使えそうな物はないか?」

「使えそうな物ですか?」

二人で牢屋内を調べてみる。だが人を閉じ込めておく牢内に脱出に使えような物がおいてあるはずもなかった。

 

1時間後

 

「万策つきたか」

いろいろ試してみた。同じ場所を何度も鉈で叩いたり、コンクリートに脆いところがないかを探したり、針金で錠を開けようとしたり…。

だが駄目だった。どうあがいても出られそうにない。

「私たちどうなるんでしょう?」

「さあな?」

大方想像はつくがあえて言わなかった。どれもこれも悲惨なものばかりだったからだ。

 

@はさみで切り刻まれる

Aはさみで突かれる

Bジャムを食わされる

C人力発電をさせられる…天帝は暗いのが嫌い

D放っとかれて飢え死に

 

……さて、どうしたものか。とりあえずあちらの出方をみて、それを利用して状況を好転させるしかないな。

最低でも栞だけでも逃がさないと。

「…今はとりあえず休もう。これ以上無駄な体力は使わないほうがいい」

「…そうですね。しかしお腹減りましたね」

「缶詰食うか…」

「そうですね。祐一さん缶切りを貸してください」

「ああ」

ポケットを探ってみる。台所でくすねてきた缶切りが…………無い。

「すまん…秋子さんが持っていったみたいだ」

「ウソですよね…」

「本当」

しかし…缶詰は残しておいて缶切りだけ持っていくなんて…なんて陰湿な…。

「ジャムならあるぞ」

「いりません」

「だろうな」

「お姉ちゃんは無事でしょうか」

「うまく逃げていればいいんだが」

「もし…」

「シッ!静かに、誰か来た」

扉が開く音がした。そして足音。どんどん近づいて来る。俺は眠っているふりをしながら鉈を手にする。

「誰かいないのー?」

聞き覚えのある声…これは…。

「名雪さん!」

「栞ちゃんだね」

「俺もいるぞ」

「祐一だね。よかった、無事だったんだ。今鍵を開けるね」

名雪はどこから探し出してきたのか、鍵を取り出した。

牢屋と書かれたプレートのついた鍵。それで牢を開けてくれた。

名雪は知っているのだろうか。自分の母親が人殺しであることを。

「よかった。けろぴーに殺されてなくてよかった」

「名雪さん、お姉ちゃんは?」

そうだ、香織は無事なのか?しかし名雪は首を横に振る。

「分からないんだよ…広間でけろぴーが襲ってきて、あゆちゃんと香織ははぐれちゃって…しばらく隠れていて……そのあといろいろ探してみたんだけど…そうしたらベッドの下に真琴が…死んでいて…それで私…」

…名雪は知らないのか…秋子さんが犯人であることを。

「そうですか。こちらも同じです。あゆさんがお風呂で殺されていて…ぬいぐるみが襲ってきて」

栞は秋子さんのことには触れないでいた。さすがに簡単には言えないだろう。

「あゆちゃんが…!?そんな…!」

「話はあとだ。今はここから出よう」

こんな所にいてはいつ秋子さんが来るか分からない。

「そ、そうだね」

名雪はふらふらしながら出口に向かう。

…どうしよう。ここで秋子さんの事を言うべきだろうか。

「なあ、名雪」

「何?」

黙っているわけにはいかない。知らないせいで命を落とす可能性もある。…言わなければ。

「じつは…」

 

ふみゃー

 

「ねこさんだ!」

…人が真剣に話をしようとしているのに。

「祐一、このねこさん私がさわっても嫌がらないよー」

「こ、こんな時に…名雪さん……」

「ねこーねこーふぇっ」

……アレルギーがでたな……。

「そういえば名雪」

「なに?」

「どうやってここの鍵を手に入れたんだ?」

「ねこーねこー」

「質問に答えろ!!」

「祐一のいじわる…」

……こいつ…今度はさみかえるが出たら…生贄にして逃げてやろうか…。

「祐一さん…ここは穏便に…」

「わかっている…。で、名雪…質問に答えてもらえるかな?」

「これ?お母さんの車の中に落ちてたんだよ」

「秋子さんが落としたのか」

「あ、ねこさん。いかないで」

名雪があまりにいじりまくるのでねこは部屋の奥に逃げてしまった。

「ねこさーん」

名雪も部屋の奥へ。

「名雪さん…今の状況理解してるんでしょうか?」

「無駄だ…今の名雪は女と間違えられたカミーユみたいなもんだ…。ねこ以外目に入っていない」

「………重症ですね」

 

ボンッ!!

 

閃光。爆発音。

目が眩む。

「大丈夫か!」

「祐一さん!何が起こったんですか!?」

栞の叫び。だが名雪の声が無い。

視力が戻る。

変な色の煙。変な臭い。

煙が晴れる。

名雪がいた。

「…………おい」

首から上がなかった。

 

ドサ…

 

名雪が倒れた。焼け焦げたグロテスクな首の断面が目に入る。

壁に飛び散った肉片。

多量の毛。名雪のじゃない。

そうか…ネコに爆弾が…。

名雪が殺されたことには不思議と悲しみはなかった。

それよりも実の娘(確認してはいないが)にまで手をかけた秋子さんに驚愕。

勘弁してくれよ……。そこまでして俺たちを殺したいのか。

「祐一さん!ど、どうして?そんな?し、死んで!?頭が!」

栞の目にも視力が戻ったようだ。

「名雪…余計なことをしてはいけませんよ」

外から声。秋子さんだ。

いつもと同じ落ち着いて優しさと安心感を与えてくれそうな声。

今のこの場にはふさわしくない優しさ。

俺は慌ててドアに駆けより鍵を閉める。

 

ガチャガチャ

 

秋子さんが扉を開けようとしている。

「祐一さん…」

「大丈夫だ」

鍵は名雪の懐にあるし、ドアは頑丈だ。入ってこれない。

とは言ったもののこれでは袋のネズミだ…。どうする。

戦うしかないのか。

俺は刃こぼれだらけで大きく亀裂のはいった鉈を見る。

相手は巨大なはさみ。それにこれで…。

蟷螂の斧。勝てる気がしない。

外からはノブを回す音がやんだ。あきらめたのか?

 

ガチャ

 

替わりに何かの金属音。なんだ?

よくはわからないが…もしかしたら。

「栞、ドアから離れるんだ!」

「え、どうしたんですか?」

「いいから早く!」

栞の手を引いてドアから離れる。

ガンッ!

大きな音。

ドアを見てみる。大きなへこみ。

……大口径銃。相手は爆弾を使うからまさかと思ったが。

ガンッ!

続けて銃声。へこみが二つになった。

「もうダメですね…」

「あきらめるな!栞もああなりたいのか!」

名雪の死体を見る。

殺されてたまるか!

 

それから何度か銃声が鳴り響いた。

ついにドアが鈍い音を立てて開く。

「祐一さん、栞ちゃん、入りますよ」

まるで部屋にお茶を運んできたかのように声をかけてくる。

秋子さんの正面に俺たちが映る。

手には銃……オートマチックの拳銃だった、を俺たちに向ける。

遊低が下がりきっている。

マガジンを取り替えて薬室に初弾を送り込む。

「やめてください秋子さん!」

「栞ちゃん…別に恨みがあるわけじゃないですけど…死んでくださいね」

「どうしてこんなことを!?」

「余計なことを喋らないでおとなしく殺されなさい」

「秋子さん!」

「その口はせいぜい命乞いでも使うんですね」

秋子さんは室内に足を踏み入れた、そして床に倒れこむ。

信じられないという顔で俺を見て…気絶した。

「ふうー」

「なんとかなりましたね…」

「ああ…二度とごめんだな。死体に自分の服を着せるなんて」

「私も死体を抱えるのは嫌ですよ」

栞は丁寧に俺の服を着せた名雪を床に寝かせる。

「すまんな…名雪」

あの時俺たちは名雪の死体に俺の服を…正確には上着を着せた。

似たようなズボンを穿いていたんでくれて助かった。

そして頭の部分を地形を利用して隠した。

後は油断して足を踏み入れたところを俺が棒で叩く、というわけだ。

「秋子さん…どうしますか?」

栞は複雑な表情で秋子さんを見ている。

俺は秋子さんのそばに落ちている拳銃を手にとる。

COLT M1911か……陸自の横流し品だろうか…。

一発も撃っていないから8発は撃てる。

ずしりと重いそれの引き金に指をかける。

そして秋子さんにむける。

「………………祐一さん」

栞は止めない。

弾丸は45口径。確実にしとめられる。

この距離だったら素人の俺でも外さないだろう。

引き金を引いた瞬間に秋子さんは名雪と同じになる。

死だ。

「………」

トリガーを引きたい。

名雪はここで死んだ。

あゆも死んだ。

真琴も死んだ。

他にも殺されているかもしれない。

加害者が生き残るのは理不尽だ。

理不尽…ハッ…違うだろ…ただ憎いから殺したいんだ。

「………………」

以前読んだ本に トリガーを引くのは殺意だ と書かれていたのを思い出す。

殺意…。

 

こ ろ し て や り た い

 

「……………」

無言で銃を下ろした。

安全装置をかけて腰のベルトに拳銃をさす。

「……よかった」

「止めなかったな」

「本当は祐一さんに人殺しなんてして欲しくなかったんですが、でも…大切な人たちの復讐なんてするな、とも言えません…」

「……俺は……」

最初は殺そうと思った。

「……俺は……」

しかしトリガーに殺意を込めたとき、今までの秋子さんとの生活…水瀬家での事が頭に浮かんだ。

………殺意が僅かに薄れた。

楽しかったからだ。充実していたからだ。幸せだったからだ。

残った殺意ではトリガーが引けなかった。

もしくはそれを見越して俺を家に置いてくれたのか…。

だとしたら……。

悲壮。少し涙。

涙を拭う。

「まあいい…とりあえず秋子さんを縛ろうか…そして警察にまかせよう」

「法に委ねるですか。それがいいです」

「ああ…それでいいんだ。いいんだよ」

ロープを必要分だけとって秋子さんを縛った。一応秋子さんのボディーチェックをしてからだ。

ナイフが一本、予備弾倉ひとつがでてきた…。

完全に縛り終える。手、足、共に完璧。手も足も出ないはずだ。

安全は確保できた。

腰から拳銃を抜いて弾倉を抜き取る。

「………………」

薬室にはまだ一発残っているが…まあいいだろう。

安全装置をかけて再び腰にさす。

もう一度秋子さんに目をやる。

奇妙な感覚。

さっきは殺意に心を蝕まれていたから感じなかったが…奇妙な感覚。

実の親同然に思っていた人を拘束して身の安全を確保した。

秋子さんの手。綺麗な手。

俺や名雪、真琴の為に毎日働いてくれた手。でも今は俺たちを殺すために働き血に塗れた手。

…いや、俺が知らないだけでずっと前から血に塗れていたかも知れない。

それでも構わなかった。

見えないところでばれないようにしていれば。

どうして俺たちでなければならなかったんだ。

どうして築いた物を壊すようなことをしたんだ。

あの家での生活は幸せじゃなかったのか?

あの笑顔は作り物だったのか?

眼が熱い。何故だろう?

「泣いてるんですか」

「……そうか…俺…泣いてるか」

眼に手をやる。濡れる手の甲。

「泣いてますよ」

「家族と友達がいなくなったからな…」

あゆが死んだときに困惑、恐怖。

真琴が死んだときに怒り。

名雪が死んだときに驚愕。

そして全てが終わって、失った者を思い返して、戻らない日々を思って、悲しみ。

自覚した後からは滝のように涙。嗚咽。

「祐一さん」

「すまん」

「え?」

「すまん…ウッ…俺の…ウッ…せいでこんな目に合わせ…ウッ…た上に、俺一人泣いて…」

「………………」

肩に栞の手が触れる。

そして引き寄せられ抱きしめられる。

「ふ、服濡れるぞ」

「…………………」

無言。さらに強く抱きしめられる。暖かい。

とても心地よい。体を栞に任せる。

栞の胸で枯れるまで涙を流した。

 

「行こうか」

「そうですね」

少し気恥ずかしい。

さあ帰らないと。

そのためにも全員を見つけなければ。

他に殺されている者がいなければいいんだが。それだけが気がかりだ。

 

外に出てみるとそこは中庭だった。

なるほど西館と東館にはさまれた場所にいたわけだ。

空気がうまい。

血の臭いも火薬の臭いもカビの臭いもしない。

人が吸うべき空気だ。

あたりを見回すと、西館と東館の渡り廊下にドアがある。あそこから中に戻れそうだ。

ドアには鍵がかかっていなかった。

開いたドアから中に入る。

「え……?」

腹部に痛み。

目の前にけろぴー。

腹を見る。

大きなはさみ。

「キャ――――!!」

隣で栞の悲鳴。

俺は反射的にけろぴーに鉈を振り下ろした。粘土を斬ったような手ごたえ。

鉈は肩口からけろぴーに進入しようとし…途中で大きな音を立てて進入を断念した。

防刃処理でもしてるのか!?刃はぬいぐるみに傷ひとつつけられなかった。

はさみがさらに強く俺に押し付けられる。

ベルトに挟んでおいた拳銃に手を伸ばす。

それをけろぴーに突きつける。

一瞬ためらったが、引き金を引く。

ハンマーが下がり雷管に火がはいる。

45口径の弾丸が目覚め活動する。

予想以上に大きな反動。

弾丸は飛び出しけろぴーの眉間へ。そして正確に命中した。

弾丸のパワーは目標を派手に後方に吹っ飛ばした。

当然だ。45口径の弾丸、しかも至近距離でくらったんだから。

壁に穴が空く。弾丸は頭蓋骨を突き破っただけでなく貫通したようだ。

けろぴーは倒れ、どす黒い液体をぶちまける。

膝をつく。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

めまい。…………気分が悪い。

何故頭を撃った。腹か足にすれば殺さずに済んだのに…。

いくら焦っていたとはいえ…無我夢中だったとはいえ…。

俺は人殺しだ。手が血に塗れたんだ。一生赤が取れない。

ああしなければ殺されていたとはいえ…何人の友達を殺した奴とはいえ…人を殺したんだ…。

「大丈夫ですか!?すぐに手当てを!」

俺が人殺しになったのに栞は俺に駆け寄ってきてくれる。

きっと俺の傷が心配でそれ以外の事は気にならないのだろう。

落ち着いた時にお前はどんな顔で俺をみるようになるだろう。

俺は人殺しだから…どんな目で見られるのだろう。

「…たいした事ないよ」

「たいした事ありますよ!」

栞は俺の服を捲り上げる。

「おいおい、こんなところで…」

顔が引きつる。服を捲り上げられたからじゃない。それだったら笑って済ませられる。

けろぴーの死体を見る。どす黒い液体があたりにどんどん広がっていく。

いや…どす黒いといよりもアレは。

黒。

墨をぶちまけたような黒。ありえない光景だ。

黒。

何だアレは!?

赤でないといけないはずだ。

人の血の赤。

再びありえない光景。死んでいなくてはならないけろぴーが動いた。

危機への反射的対処。拳銃を握った手が動く。しかし残弾はゼロ。弾倉を抜いたのが仇になった。

弾倉に手を伸ばす。

けろぴーの手がはさみを握り立ち上がる。

弾倉を装填。

けろぴーがこちらに向かってくる。あせり、冷や汗。命を賭けたスピード勝負だ。

初弾を装填。

ふたたびケロピーに銃口を向けようとする。

遅かった。同時にけろぴーのはさみがこちらに突き出される。

「祐一さん?」

栞からはけろぴーが見えない。何が起こっているのかわからないでいる。

はさみは栞の後頭部を目指す。させるか!

頭を左腕でかばう。間に合った。

腕に灼熱感。服を破り肉に刃が食い込む。

「痛つぅぅぅぅぅぅ!!!!」

右手で再び引き金を引く。

反動。

閃光。

爆裂音。

再びけろぴーが吹っ飛ぶ。

「なんで…?」

ようやく状況を把握した栞が声をあげる。

「…………………嘘だろ」

吹っ飛んだケロピーは体操選手のように空中で体を捻る。そして着地。

ここが体操会場であれば拍手がおきそうなほど完璧な着地だった。

「なんなんだよ?」

声に出してしまう。勘弁してくれ…。

出るはずがないと思っていたのに現れたケロピー。

死ぬはずなのに死なないケロピー。

わけがわからない。

そしてケロピーは扉に向かって走り出した。

…………。

……人間じゃない?

そしてけろぴーは扉の奥に消えた。

静寂。