第六章 

終劇

「俺は……」

何でこんな所で寝てたんだ。何があった。

「気が付きましたか」

目の前に栞。顔色が悪い。どうしてだろう?

周りを見る。他には誰もいない。二人だけだ。

他の人はどうしたのだろう?

…………………………………。

思い出した。全部思い出した。自分がやった事、された事を。

「北川は死んだよな」

「………はい」

「だろうな。俺が殺したんだ」

俺が、銃弾を、北川の、頭に、ぶち込んだ。

北川は、脳漿を、ばら撒きながら、倒れ、死んだ。

「ふふふはははははははははは!!!!」

壊れた。心が壊れた。

「もう沢山だ!何で俺たちがこんな目に会わないといけない!殺されなきゃならない理由なんて一つも無い!」

何人も目の前で殺され!傷つけられて!殺しをさせ!

「もう嫌だ…勘弁してくれよ…疲れたよ…」

懐の拳銃を取り出し、こめかみに当てて引き金を絞る。

…………………生きてる。

弾が取り出されている?

「どうして…」

「お姉ちゃん、死んじゃったんですよ。祐一さんにも死なれたら、私」

それは熱くなった俺の心に冷水を浴びせた。

「ごめん…俺は…自分の事ばかり…ごめん…」

肉親を殺された人間を目の前に、自分の都合だけでわめきちらし、慰めの言葉すらかけなかった。

最低だ。俺は。

「…ごめん…謝ってすむ事じゃないけど…ごめん」

いつもの表情だった。泣きも、取り乱す事もなかった。

彼女は強い。俺なんかとは違って。生きている者に眼を向けている。

「なあ、愛想を尽かしたのならそれでも構わないからはっきりと言ってくれ。でも、もしも、まだ見捨てていないのなら…」

一息ついて、本題に入る。

「好きって言ってくれ」

それで俺は生きていられる。生きる理由ができる。死ねない理由ができる。

でも、もしも嫌いと言われたら?生きる理由がなくなる。

「好きです」

「……………」

「私は祐一さんが好きです」

「……………」

「ずっと一緒に居てください」

「ありがとう…ありがとう」

他に何も言葉思いつかなかった。嬉しかった。心が生き返った。

「こういう時は、俺もだ、とか、好きだ、なんて返事をするものですよ」

「俺もずっと一緒にいたい」

「それでいいんです。さあ行きましょう」

「ああ」

俺は再び拳銃に弾丸を込め、部屋を出た。生き残るために。

 

 

 

まだ探索していない部屋で、一番近くにある部屋の前にやって来た。

ドアを慎重に、少し開ける。………照明がついてる。誰かいるのか?

敵?味方?それとも誰もいないのか?

慎重に部屋に入る。……一見誰もいない。

ギシ………。

上から物音。上から!?

遅かった。閃光が視界を支配する。頭を強打されたのか…。

見えない。動けない。畜生!結局俺は何もできないのか!

 

音がする。火、ガスコンロの火の音。

ああ……前に栞の家に泊めてもらった時にこんな事があったな。

あの時は大雪で家に帰れなくなって、泊めてもらったんだよな。両親は快く承諾してくれたし。香里は最後まで渋ってたけど。

さすがに栞の部屋に寝るわけにはいかなかったから、リビングのソファーで毛布を被って。

それで栞が俺のために朝食を作ってくれたんだよな。

香里は――普段は朝はぎりぎりまで寝てるくせに――ってからかってたよな。

それで寝ぼけていた俺は、ホテルに泊まったんだと勘違いをして、栞を抱きしめて、両親と香里の目が怖かったな。

最後に、二人になった時に、栞が俺の耳元で――二人だけだったら、裸にエプロン姿をしたんですけどね――と囁いたのはまいった。

眼の前に誰かが現れた。あの時と同じように思いっきり抱きしめた。

「あの……恥ずかしいんですけど」

「……………あれ…………佐祐理さん?」

俺の手の中にいたのは佐祐理さんだった。

首をぎこちなく――ギシギシと音がしたような気がした――旋回させる。……………栞が俺をじーーーーーーっと見ていた。

「…………………………誤解だ」

声が上ずっていた。けろぴーにハサミを突きつけられたときよりも冷や汗をかいていた。

「私が何を誤解していると?」

いつもと変わらない笑顔。でも眼が笑っていない。

「今の状況を」

「浮気者の姿をですか」

「それが………誤解です」

「何か言う事は?」

「…………ごめんなさい」

頭が擦り切れるほどに地に擦りつけた。これじゃあ浮気がばれた亭主だ。

「二度目はないですよ」

「…………………はい」

「祐一さん。尻にしかれてますね」

「佐祐理さん、勘弁してください」

「勘弁してさいよ、佐祐理さん。しかし、良かった……生きてたんですね」

「はい、舞が守ってくれました」

「舞も無事なんですか?」

「入り口で見張りをしていますよ。今呼びますね」

佐祐理さんがドアに近づくと、ドアが開き、剣を手にした舞が入ってきた。

「ごめんなさい」

「どうして開口一番に謝るんだ」

「あの……舞が部屋に入ってきた祐一さんを間違えて、思いっきり叩いてしまって」

………そういう事か。

落ち着いてようやく気が付いたが、部屋にはいい匂いが漂っている。

見れば――ここは最初にやって来たベッドのある部屋だった――携帯用のコンロで何かを作っているようだ。

「これは?」

「こんな事もあろうかと持ってきてたんですよ。薬もあるんですよ。手当てはしておきましたから」

「用意がいいことですね」

左腕を見ると、確かに的確な治療が施されていた。痛みが小さい。

「恋人さんの作ってくれた物にはかないませんけど、食べてください」

目の前に器を差し出される。野菜スープだった。口をつけるととても美味い。

「どうですか?」

「美味いですけど、佐祐理さんたちの分は?」

「佐祐理たちはもう食べましたから」

それを聞いて、さらにスープを口に運ぶ。

色々あって、空腹を感じてはいなかったが、落ち着いてようやくそれが戻ってきたようだ。

あっという間に器を空にした俺は、後片付けをする佐祐理さんに、今までの経過を聞いた。

二人は襲われてからもずっと一緒に行動し、2度ほど襲われたが、全て舞が撃退してくれたそうだ。

「これで、残りは天野だけか」

天野を見つければ――例えそれが死体であったとしても――ここに用はない。逃げ出させる。

「行きましょう」

「そうですね」

「はい」

「…………」

「そうだ、コレを祐一さんに渡しておきますね」

「コレは……」

鍵の束だった。おそらくこの館のマスターキーなのだろう。

「どこでコレを?」

「舞が、カエルさんを追い払った後に落ちていたんですよ」

「たいしたもんだ」

これでこの屋敷での自由な行動が確立されたわけか。

部屋を出る。足取りが少し軽い。食事をとったせいだろうか?

 

ドアの前に張り付く。舞が最初に部屋に入り、俺が拳銃を構えて後ろにつく。

中は異様な光景だった。

血に塗れていた。赤くない場所を探す方が困難だった。

血の出所は人ではなかった。さまざま動物、犬、猫、鳥。全てくびり殺されていた。

それらの発する充満した腐臭。

普段の俺だったら、戻していただろう。

しかし、人間の死体を見慣れてしまったので、平常でいられた。

「こりゃ酷いな」

人はいなかった。ただ、これから殺されるためにだけにいる、動物達が、檻の中で声をあげていた。

その中に一匹、見覚えのあるネコがいた。ピロだ。

「ピロ…」

「知っているんですか?」

「家で…真琴が飼っていたネコですよ」

檻を空けてだしてやる。

「大丈夫か?」

何時からここに閉じ込められていたのだろう、元気なく俺の懐で丸まっている。

「すまんな…お前のご主人は助けられなかったよ」

その言葉を理解したのだろうか。ぴろは手から離れ、ドアから外に出て行ってしまった。

「…………本当にすまんな」

あいつが俺と一緒にいる理由は何もない。もし人語が話せるとしたら、でてくるのは、侮蔑の言葉だけだろう。

さようなら。

「…祐一さん」

俺は黙って部屋の外に出た。他の三人もそれに習ってついてきてくれる。

「他の動物さんは助けないんですか?」

「今は…やめておきましょう。邪魔になるかもしれない。全てが終わったら…その時に」

次に入った部屋は物置だった。

コレといって変わったものはない。しかし………何か変だ。

「なあ、皆。何か変じゃないか、この部屋」

「そうですか?」

「別に普通ですけど」

「…物が多くて狭苦しい」

「それだ!!」

そう、そうだ、狭いんだ。外の廊下の長さから考えると、3メートルほど部屋が短い。

位置関係からしてこの辺りに……あった。

「舞、この物置を横に動かすのを手伝ってくれ」

「わかった」

物置を動かすと、周りの壁と微妙に色が違う壁が出てきた。物置の端から僅かにそれが見えたのでわかった。

周りを物色して、大きなスコップを手に入れると、思いっきり壁に叩きつけた。

壁はあっけないほど簡単に崩れ落ち、奥には予想した通りに部屋があった。

そこは物置とは違い、ほとんど物がなかった。あるのは部屋の中央に頓挫した、大きく、黒い箱だった。

「なんだろう…これ?」

触ると、ひんやりとしている。大きさは縦1m、横2,5m、高さ1mくらいだろう。

全員でくまなく調べてみるが、何も見つけられない。

「わけがわからないな。もう行こうか」

誰からも異論は出なかった。俺たちは部屋を後にした。

 

次の部屋も異常な部屋だった。

だがこの部屋の異常は、先ほどの血なまぐさい異常とは違い、異質による異常だった。

カーテンに覆われた薄暗い部屋に、ローソクを大量に携えた祭壇。

床にはご丁寧にもわけのわからない文字で魔方陣らしきものまで描かれている。

所有者がまっさきに魔女狩りの対象になりそうな部屋だった。

「何か呪文でも唱えれば、悪魔が召喚できるかもしれないな」

……かもしれないな?いや…もうされたのだろう。あの化け物を。

まてよ…カエルの中身は北川だ。そして、北川はもう死んだ。

もうカエルは現れないのだろうか?

秋子さんだけに気を付ければいいのか?

そもそも、何故あんなぬいぐるみを着なければならなかった?

演出の一部、そう思えば納得できないことはない。

しかし、それだったら北川をそのままで俺たちの前に出す必要はなかったはずだ。

それ以前に、何故北川は死んだんだ?ぬいぐるみを着ていたときは死ななかったのに。

用済み……に、なったのか。

もしくは最初から、あそこで殺される事に意味があったのか?

わからない。

  

次の部屋はピアノルームだった。

防音の素材に四方を囲まれたその部屋には、誰もいなかった。

何も問題なく、全員が内部に納まる。

直後に、後ろでドアの開く音。

「!!!!」

そこにいたのはカエルだった。

手には大きく、刃先が腐食したハサミを持っていた。

……………誰が中に入っているんだ?

…そんな事はどうでもいい!!

俺と舞はドアの前に立ちふさがって、ハサミを構えているカエルに特攻した。血路を切り開くために。

最初に攻撃をしたのは俺だった。銃を構え、腹に弾丸をぶち込む。

その隙をついて舞が剣を振りかざす。カエルはバットで打たれた球のように部屋の端に叩きつけられた。

「逃げろ、栞!逃げろ、佐祐理さん!」

二人はドアへ駈けより、脱出に成功した。後は俺たちだ。

だがそれは難しそうだ。カエルがすばやく起き上がり、飛び掛ってきた。速い!

ハサミを剣で受け止める舞。押されている。力ではカエルの方が上だ。

援護、俺も銃弾を打ち込む。今度は頭にだ。

再び吹き飛ぶが、立ち上がり、すぐに襲い掛かってくる。それが何回か繰り返された。

くそっ!今回はやけに食いついてくるな。

「次で逃げるぞ。いいな!」

「私はもう助からない」

「?」

次の瞬間、俺はドアの外に叩き出された。

「ふざけるな!おい!」

尻餅をつく俺。起き上がろうとしたその時、胸に真っ赤な血がついているのに気が付いた。

今、舞に叩かれたところだ。じゃあこれは…。

俺の気がつかない間に斬られたのか!

「舞!」

ドアに駆けよるが、開かない。

足元で水音。ドアの隙間から血が流れ出してきた。

どうやってもドアが開かない!くそっ!

「大馬鹿野郎!!!!!!」

 

 

私は壁にもたれかかっていた。

カエルはもうどこかへ行ってしまったみたいだ。

痛い。

傷口に手をやり、その手を見る。真っ赤だ。

終わった。私の闘いは終わった。ここまでだ。

佐祐理……祐一……祐一の大切な人…死なないで。

二人に会えた事を神様に感謝します。

二人に会えて…私は、魔物と戦うだけの私は、違う者になれた。

二人と一緒にいれて楽しかった、嬉しかった。

生きていてください。

幸せでいてください。

知らなかった。まぶたがこんなに重いものだったなんて。

眼を閉じると初めからそうだったかのように、開かなくなった。

暗闇が迫ってきているのがわかる。

思い出した。一人でいる時の怖さ。

終りが始まるのがわかった。

さよなら。佐祐理。

さよなら。祐一。

…他のキャラに比べると随分扱いが違うな…ホント…

 

悲しむ暇はなかった。悲鳴。俺は全力で走った。

そこには秋子さんがいた。いつものようにさわやかな笑みを浮かべた。

畜生!挟撃か!

その足元には倒れた佐祐理さんが。その肩には栞が。

「ゆう……いちさん、すいません」

佐祐理さんは生きている。何をされたのだろう?起き上がれないようだ。

肩の上の栞は動かない。気を失っているのか?それとも?

秋子さんの手には刃物が握られていた。俺が余計な事をすれば栞にそれが振舞われるのだろう。

俺は拳銃を構えて詰め寄った。だが、まだ遠い。

「何か聞きたいことはありますか?」

「なぜこんな事をした?」

そんな事はどうでも良かった。しかし少しでも時間を稼ぐために質問をぶつけた。

その間に少しずつ間合いを詰める。

「彼女が必要だったんですよ」

栞が……必要?どうして?

「何のために?」

「私の目的のために」

もう少し。

「やりたい事があるなら自分一人でやれ!それが嫌なら最初から目的なども持つな!」

「甘い意見ですね」

「どうして北川を連れ込んだ?どうやってあいつを化け物にした?」

「祐一さんは、友達が少ないですから…彼には悪いですけど、他に選べる人がいなかったんですよ」

「どうやって化け物にした?」

「秘密です」

「それだけの力があるのに他の人間を殺す必要はなかっただろう?」

「それがあるから殺したんですよ」

人を殺す理由があるだと?

「ふざけるな!!!」

ここならいける!俺は拳銃の引き金に指をかけようとした。しかしそれよりも早く、何かに左腕を挟まれた。

ハサミだった。どこから現れたのかまったく気が付かなかった。

刃が肉に食い込み、激痛が走る。

「離せ!!!!!」

拳銃の狙いをカエルに変え、引き金を引く。

乾いた音と同時にカエルが吹き飛ぶ。同時に、左腕も宙を舞った……。

「!!!!」

苦痛を意に介している暇はなかった。滝のように血を垂れ流す左腕を無視して、再び秋子さんに狙いを定めようとした。

が、前を向いたと同時に何かされた。全ての感覚が遠のく。

「鎮静剤を打っただけですから心配はいりませんよ」

しくじった…。また…しくじった。

「あなた達にもう用は無いですから、帰っていいですよ。せっかくここまで生き残ったんですから。安全は保障しますよ」

やけに楽しそうな声を耳にした。それが妙に気分を悪くさせた。

「祐一さん、あなたは本当に役に立ってくれましたよ。私の思っていた通りに動いてくれましたからね」

ふざ…けるな。

 

 

 

これでもう何度目だろう。目がさめた。全て鮮明に思い出せる。全てを。

起き上がろうとしたが、バランスが崩れた倒れこむ。

「!!!!!」

左腕に激痛が走った。動かない。目をやると理由がわかった。

動かないのは当然だ。肘から先が無いんだから。肘には血に染まった包帯が巻かれているだけだった。

「そうか………そうだったな。斬られたんだった」

あの時、確かに左腕が宙を舞ったのをみたな。

自分の事はどうでも良かったから忘れていた。思い出したのは他の人の事だ。

失ったのはもっと大切な者だったからだ。

「動かないでください。傷が開きます」

「これ…佐祐理さんが治療してくれたんですか?」

「はい…でも佐祐理じゃ応急処置が限界で。一応止血はしたんですけど、無理すればすぐに開いてしまいます」

俺は無感動に、肘までになった左腕を眺めた。その間に佐祐理さんの手が割り込んでくる。

「何ですか、これ?」

何かの錠剤だった。

「増血剤と化膿止めです」

「どうも」

水と一緒に錠剤を飲み干す。吐きそうになるのを何とかこらえる。

「佐祐理さん……舞は死にましたよ」

言いたくなかった。認めたくなかった。でも、言わねばならなかった。

「知っています」

「どうして?死体…見たんですか?」

佐祐理さんの顔を見る。悲しい顔だ。でも、泣いてはいない。強い人だ。

「舞が生きてるなら、佐祐理を助けに来ないわけがありません」

「そのとうり……ですね」

それ以上、舞について言うべき事はなかった。言えなかった。

「栞は…秋子さんが連れて行ったんですね?」

「…はい」

「まだ…生きてますかね?」

「………………」

返事はなかった。分からないのだろう。そして……殺されている可能性のほうが高い事は分かるのだろう。

生かされる理由がない。あの女が!!

「…………………殺してやる」