五章 欲望の守護天使(3)
「こんばんは。香里」
深夜の学校の中庭で、俺は目の前に立っている人に向かってそういった。そしてその声にはなんとも言い表せないものが含まれていた。
「こんばんは。相沢君」
いつも学校であった時と同じように挨拶を返してくれる。しかし俺には、これからいつもとは違うことが起こるのがわかっていた。
「ここは……俺がいつも栞と会っていた場所だな」
自然とそんな言葉が口を出てくる。
「そうね」
「栞がお前の事、心配していたぞ」
俺はこれから起こることを回避するために話を続けた。
「そう」
しかし香里の返事には冷たいものが感じ取れる。
「お前に何かあったら、栞が悲しむぞ」
「そうかもしれないわね」
「そう思うんだったら、今からでもいいから栞のところに戻らないか」
俺は 香里の栞に対する気持ちに希望にかけてみた。
「残念だけど無理ね」
しかしその希望も打ち砕かれる。
「香里、何故変わった」
「んー、何のことかな。フフフ…」
「お、お前は以前の香里ではない」
…話を戻そう。北斗ネタはもういい。
「何でだよ?栞が悲しんでもいいのか?」
我ながら諦めの悪いことだ。しかし諦めるわけにはいかなかった。諦めたらすべてが壊れてしまう。
「栞には相沢君がいるわ」
「そういう問題じゃないだろう。例え何がどうであろうとお前になにかあったら栞は悲しむに決まってる!」
「………」
思わず感情的になってしまう。しかし諦めず俺は最後にこの言葉にかけてみることにした。
「俺に相談にきた栞は本当にお前のことを心配していたんだぞ。それなのにお前は、又あの時と同じように栞を悲しみの淵に追いやろうとしているんだぞ。お前は本当にそれでいいのか!!」
「………」
これでも香里は何も答えてくれない。さらにおれが悪あがきをしようとした。
「おまっ…」
「気は済んだか?祐一」
「舞…」
さっきまで後ろで黙っていた舞が話を遮った。もはやここまでということ。舞を止めることは俺には出来ない。
「話は…ここまで。さあ、殺ろう」
そういって舞は背中の大剣を構える。一般人の俺にも舞がもの凄い殺気を放っているのが感じ取れる。
「待ってくれ舞!」
「できない。向こうも私と同じ意見みたいだ」
そう言われて香里の方を見てみると、確かに香里の目には、もう俺が写っていない事が読み取れる。
「香里!」
「下がってろ、祐一」
「頼む!やめてくれ」
すがり付くように懇願する。
「邪魔するなら……」
この瞬間、俺にはどうにも出来ないことが確定した。もう殺し合いが始まるのだ。 俺は観念して舞のところまで戻って行った。
すると舞は俺の襟首を掴んで勢いよく後ろに向かって投げ飛ばした。投げ飛ばされた俺は、大きな衝撃を受けながら雪に突っ込んでしまった。
「なにするんだ」
「大人しくしてて」
そう言って大剣を構えながらじりじりと間合いを詰めていく。そして丁度剣が届く間合いギリギリのところで何を思ったか剣を地面に向かって突降ろした。
「何してるんだ舞!」
「五月蝿い!」
俺は自分の目を疑った。舞が叫んだその直後。剣を突き刺したその場所から軟体質の塊が飛び出てきた。もし舞がそのまま進んでいたら…。
「よく止めたわね。あなたの実力はわかったわ。どうやら本気でいかないといけないようね」
そういうと香里の姿が変わっていった。そしてその姿は巨大なナメクジの様な姿になった。
「ああ……」
情けないことにその姿を見た俺は恐怖で体が動かなかった。こんなことになるのはわかっていて心の準備は出来ていたつもりだった、しかし今度のやつは俺の想像を超えて巨大で、恐ろしかった。
「………」
しかし舞はこれといって驚いた様子でもなく平然としている。もしくはそう見せているだけかも知れないが。俺には虚勢を張る余裕すらないのだからそうだとしても凄いものだ。
しばらくの沈黙を破ったのは香里のほうだった。舞に向かって体の一部の足らしき物を舞に向かって振り落とした。
「舞!」
しかし舞は攻撃をかわして、さらに攻撃後の無防備な足に向かって剣を振り落とした。剣は轟音を上げて香里の足を切り落とす。
「フフ」
しかし香里は慌てた様子もなかった。
「無駄よ、いくら手足を切り落としても!切り落とすたびに私の体はより強く……より増長していくのよ」
「……」
「剣で私は殺せないわ!」
そう言って香里は舞に襲いかかっていった。
「舞…!」
巨体の繰り出す勢いは凄まじく、辺りをなぎ倒していく。すると舞は何を思ったのか木が生えているほうに向かって駆け出していった。
俺は舞を追いかけようとしたがすぐに暗闇に紛れてしまいすぐにその姿を見失ってしまった。
「さっきまでの勢いはどうしたの?勝ち目がないと思ったら早速逃げの算段なの?どこに行ったぁ!」
香里が叫びながら進んでいく後ろを俺は見つからないようにつけていく。すると木の陰から舞の制服のケープがわずかに見えた。
香里も俺と同じようで顔に笑みを浮かべながら木に向かって突進していった。まずい…このままじゃ!
「馬鹿、舞逃げろ!」
しかし無常にも香里は舞ごと木を押しつぶした。
「舞…」
遅かった。舞は木ごと潰された。しかしよく見るとそれはケープだけだった。さっき俺が渡したナイフでケープを木に止めていたんだ。
香里もそれに気づき、舞を探そうとしたその瞬間、舞は別の木の陰から飛び出し香里に斬りかかった。
「ぐわっ」
「チッ」
剣は香里の顔にあたったが浅く、致命傷にはならなかった。
そして次の瞬間、香里の手が舞をなぎ払う。
「ガハ…!」
「舞」
「今のは痛かった。痛かったぞぉー」
舞は吹き飛ばされて木に叩き付けられる。そして口から血を吐きそのまま立つことすら出来ないでいる。
「貴様……なるほど機転が早い、だけど所詮は人間の技ね。人間を超越したこの私に勝てる道理はないわね」
舞はいまだに立ち上がれずに、膝を突いたままでいる。
「その首の”烙印”…まさかそれを刻まれて生きている物がいたなんて……復讐というわけね……だけど所詮人間にすぎないあなたにはかなわないことね。わたしのひとなでで立ち上がることさえ出来ないじゃない。何も悪霊に取り憑かれてまで苦痛と恐怖のみの戦いを続ける必要はないわ。無意味ね」
「………!」
舞はようやく立ち上がる。そして俺は何も出来ずにその場で立ち続けている。何か近づけない雰囲気を香里の台詞が生み出していた。
「もう終わりにするといいわ。ひと思いに送ってあげるわ。本来あなたのあるべきところ我らが神の御霊屋に!」
「………!」
「その首の烙印が刻まれた時からすでに決まっていたことよ……人間の力では神の摂理は曲げられない。せめて私に浴びせた一太刀を誇りに思いながら逝くといいわ」
言い終えたと同時に香里は舞に向かって襲い掛かった。
「危な……!」
そして香里の手が舞の足を吹き飛ばした。ミシという嫌な音とを立てて舞の体が宙をまった。
「クッ……」
追い討ちをかけるように香里は舞をつかみ木に向かって叩きつける。
「……」
ドオオンという轟音をたててさらに地面に叩き付けられる。それでも舞は剣を離さないでいた。
しかし同じ事を三度、四度と繰り返されついに剣を離し動かなくなった。
「舞!」
「終りね」
俺は急いで舞の元に駆け寄っていった。舞はもしかして…。
「どうしたんだよ、おい!これで終わりかよ?嘘だろ?散々偉そうなこといってたじゃないか。散々人をコケにしやがって!起きろバカッ!」
「いくら鍛え上げても貧弱な人間の体ではこれが限界ね………儚いものね人間なんてやつは」
「なんだよ威張ってるんじゃねーよ。お前だってその儚い人間だったんだろうが」
俺は恐怖も忘れて叫んでいた
「お前は……何があったか知らないが人間をやめたんだ。お前のほうが儚い人間じゃないか」
「私は別にあなたには興味はないわ。殺さないであげるからどこでも好きなところに消えるといいわ」
「お前はいつもそうやって逃げてばかりだな」
そういった直後、香里の顔が険しくなる。情けないことにあれだけ偉そうな事言っておきながらびびってしまった。そしてあとずさって舞に足があたったとき何かが舞のカバンから出てきた。
「それは!」
「ベヘリット」
そこには俺が栞から受け取り舞に取り上げられたベヘリットが転がり落ちていた。
「あなた達が持っていたのね」
そういって香里はそれに手を伸ばす。しかし寸前のところで俺が先に手にとった。
「貴様…」
なぜこんな事をしたのか自分でもわからなかった。ただ何故かこれを渡してはいけない気がするそんな気がしたのかもしれない
そのあと俺は力の限り逃げ出した。香里はそれを見て追いかけてくる。
「追いつかられたら、殺されるかな?」
ここにきて急に冷静になっている自分だった。しかし無常にも倒れた木につまずいて転んでしまう。
「バカね。そんなに死にたいんだったら望みどおりにしてあげるわ」
香里は俺を踏み潰そうと迫ってきた。もう駄目だなと死を覚悟して目を閉じたその時だった。
「祐一さん」
「栞?」
その瞬間、香里の手が止まった。声のした先には栞が立っていた。
「……アア…キャアアアアーー」
しかし栞は香里の姿を見たとたん悲鳴をあげて木の影に逃げ込んでしまった。無理もない。
「栞」
「栞」
俺と香里が同時に声をだす。そのあと香里が凄い形相で俺を睨みつけてきた。それに殺気が含まれていることが嫌でもわかる。
凄い音を立てて香里が突っ込んでくる。逃げようとしたが体が動かない。ああ殺される!
香里が俺を殺そうとしたその瞬間、ドドドと香里の顔にナイフが3本突き刺さる。
「貴様…」
これは……俺が舞に渡したやつだ。
ナイフが飛んできた方を見るとそこに舞が立っていた。
「舞、テメ!このやろぉ!死んだふりなんかしてんじゃねー。ほんとに死んだかと思っただろうが。偉そうなこと言っといてなんだよあのざまは?………お前なんか…お前なんかほんとに死んじまえええぇぇ」
「…………」
言いながら俺は泣いていた。まだ言いたいことはあったはずだがこれ以上声がでなかった。
「くたばりぞこないが……」
香里が言ったそれを聞くと舞は俺を体から離して戦闘態勢をとる。まだやる気なのか。
「おい、舞。無茶だ!死んじまう……」
俺はそう言って舞のを顔見た。すると舞は…笑っていた。俺はそれを見て背中に冷たい物が走った。
「駄目だ駄目だ、骨の二、三本くらい折ったくらいじゃ……私を止めたいなら頭か心臓をつぶすんだな。お前と同じように……三流脇役シナリオ無しキャラのナメクジ野郎」
「許さない!許さない!虫けらがァ!」
「舞!」
香里は舞に向かって襲い掛かった。舞はそのまま直撃をくらって吹っ飛ぶ。
「ぐぼ……!」
なに考えてるんだよ?事態が全然好転しないじゃないか!
そう思っていると、舞は闇にまぎれて姿を消した。
俺はその間、身を木陰に隠していたので香里には見つからずにすんでいたがこのままではジリ貧だ。
「キャアアアアァァーー」
そうしてしばらくたった後悲鳴が聞こえてきた。その声は屋上の方から聞こえてきた。見るとそこにはリボンを解いて髪をなびかせる舞が立っていた。その脇には栞が抱きかかえられていた。悲鳴を上げたのは栞のようだ。
「なにをしてるんだ!舞!」
「祐一さん、きちゃダメー」
なりきってる。何かになりきってるな栞。
叫んだ直後だった。舞は栞をそこから投げ落とした。
「栞!」
栞の体が宙に浮き、落ちてくる。もう駄目だ!地面にぶつかる!そう思った瞬間香里が栞を受け止める。
「栞」
香里がそういった直後舞が空から髪をなびかせながら落下、そのまま香里に剣をぶち当て一刀両断にする。なんかFF7のセフィロスを連想させるシーンだ。
「………」
狙ってたんだ…舞は始めから栞を人質にすることを狙ってたんだ。
そして舞が起き上がった。剣を持った手にはリボンが巻かれている。剣を握るためにリボンを使ったのか。
舞は動けなくなった香里に近づいていった。そして身に付けていたナイフをおもむろに取り出すと香里の顔に突き立てた。
「ギャアアアアアア」
「これが限界だ、人間の…そう儚いものだ…人間は」
言ってナイフで顔を刻む舞。
「ヒィィィ!」
それを見た栞は悲鳴を上げて目を反らし口に手をあてる。
「や……やめろォ!栞の前なんだぞ!栞には何の罪もないだろ」
すると舞は俺に向かってナイフを向けて言った。
「五月蝿い。邪魔するなら殺す」
「………」
俺は動けなかった。すると舞は香里の顔を掴み栞の前までもって来た。
「たっぷり拝んでもらえ!不死身の体ってやつを!」
叫んでナイフで香里をメッタ刺しにする。
何でそこまでやれるんだよ。横にいる栞はその様を見て、必至に吐き気をこらえている。
そのうちに舞のナイフが砕け散った。
「フ…フフフ…ハッハハハハハ…」
満足したかのように横になり笑い出した。
「死にたくない!」
消え入るような声で香里が呟いた。すると何処からか変な声が聞こえて
きた。その方向を見てみると…。
「舞あれ!ベヘリットが…」
見るとベヘリットが人の顔をして叫んでいた。なんて気味悪いんだ、画面に出てなくて良かった。って挿絵あるじゃん!
そしてその直後。周りがどこか別の世界に変化した。
「何なんだこれは?」
「異次元空間…」
舞が呟いた。異次元だって?勘弁してくれよ。
「来る…あの方たちがおいでになるわ」
その瞬間舞の烙印から血が噴出し舞が倒れこんだ。
「が……」
そして少し距離をとった場所に5人の魔物が現れていた。
「ああ…」
栞が俺にしがみついてくる。
「佐祐理さん…なんで佐祐理さん以外のキャラAIRのキャラなんですか?」
そこにいたのは目つきの悪い男と金髪と青髪と黒髪の女だった。
「人数の関係なんですよ」
「祐一さんAIRって何ですか」
栞が聞いてくる。
「俺たちを作ったメーカがだした最新ゲームだよ」
「ああ知ってます。何でも金髪のキャラ以外全然出番が少なくて目立ってないとか必要ないとか」
栞がそう言った直後、黒髪と青い髪のキャラの表情がこわばる。や、やばいそろそろ話を戻そう。
彼らはいままでと違った威圧感がある。あれがゴッド・ハンド?その横で舞が叫んだ。
「……佐祐理…佐祐理ィィーーー!」
舞の声には明らかに怒りが込められている。佐祐理…佐祐理って…?
「まだ…そんなところを這いずり回っていたんですか」
佐祐理と呼ばれた魔物が答えた。
「何だと…待て」
舞を無視してゴッド・ハンドたちは香里に向かって話し掛けた。
「因果律により選ばれたものよ。この者の生への渇望が、空間を開き我らをここに集わせた」
「天使長ボイド、どうかあの女への恨みをおはらしください」
「それは出来ぬ」
「空間を開いたあなたの思念は生への執着、あの女への憎悪ではないわ」
「我らは因果律によっておまえの『最も強い欲望…影を濃くする』を満たす為に降臨したのだ」
「しかしこの女はゴッド・ハンドの使徒を何人も殺してきた…あなた方にとっても憎むべき敵のはず?」
「敵?」
その瞬間ゴッド・ハンドたちが笑い出した。
「使徒が数匹殺されたところで我々には蚊ほどのこともないですよ。取るに足らない存在ですね」
それを聞いた舞が立ち上がった。しかし口から血を吐き、満身創痍で見ているほうが辛いくらいだ。
「あの傷で立ち上がるなんて…面白い!」
「ゴッド・ハンドへの…特にフェムトに対する憎悪が彼女の肉体を支えている。何しろ烙印を刻んだ張本人だからなぁ」
…何だって!
「取るに足らない存在だと。笑わせないで…!その取るに足らない存在のおかげであなたはそうしていられるんだ。この私が死人の相手をしてやってるから、血ヘドの中で這いずり回っているおかげで!あなたはそこで人間以上ってやつを気取っていられるんだ!佐祐理」
「あはははー 舞は這いずり回る生贄にすぎませんわ」
「……!」
あの2人の間にはいったい?
「グ…」
舞が佐祐理に近づいていくと烙印から血が噴出した。
「舞」
「バカですねー 烙印は苦痛で魔に反応するのは知ってるでしょ?魔が巨大ならそのまま死んじゃうかもしれませんよ。ここまでですね」
舞が血を噴出しながら倒れこみかけた。
「舞…」
「終わりね」
しかしそのとき踏み踏みとどまり斬撃をはなった。
「がああああああああ」
しかし剣が当たる前に舞は凄い衝撃でも受けたかの様に吹き飛ばされた。そして壁に叩きつけられ動かなくなった。