魔物と言葉をかわし

体を接した者は、

以後異なった運命をもって

人界と冥府をさまようのである。

 

無事人界に生還するには

魔物との絆を断ち切る

神器名剣が必要であった――――――

 

人、それを

魔物切丸とよぶ

 

 

―祐一さん―

 

俺は防寒着を着こんで玄関で靴を履く。

「どこいくの?」

「ちょっと出かけてくる」

「晩御飯におくれないでね」

「わかってる」

そう言って俺は夜の道を歩く。道には厚く雪が積もっていて歩くたびに足に重い抵抗をあたえる。

そして俺の前に大きな建物が…俺が通っている学校だ。通用門から校舎に侵入し、あの場所に足を向ける。

冷たいリノリウムの床を歩いていると、あの場所の…あの教室の前に一つの影が…先客らしい。

「こんな夜中の学校に何の用だ?おまえ…」

言いながら近づいていくと、影の持ち主が女性であることがわかった。よく見ればこの学校の制服を着ている。

「肝だめしなら、しゃれにならないぞ。あの事件をききつけて物見遊山できたんだろうが、ここには間違いなく何かがいるんだ………」

声のトーンが高まる。ここに遊び半分で人に来られるのは気分が悪いからだ…。

「あなた…名前は…?」

女が口を開く。

名前…か。

「相沢祐一……」

別にこんな奴に名乗る必要は無かったが、女の雰囲気が俺に沈黙をさせてくれなかった。そう…何か…猛禽類にでも睨まれているような感じだ。

「そう……」

名前を聞くと用は済んだとばかりに俺に背中を向ける。背中には何か長いものを背負っている。布に包まれたそれは、おそらく女は剣道部員なのだろう剣道部が持っている竹刀のようだった。

「あんた剣道部員か…」

背中をむけたままの女に尋ねてみる。

「………………」

だが女は黙っている。それどころかそのままどこかへ行こうとしだした。

「おい!待てよ!」

去ろうとする女の背中に手をのばすと、竹刀をつかんでしまう。

ずしりと重い…これは…。

「なんだ…これ…竹刀じゃないぞ」

「魔物…」

「え?」

「魔物切丸…」

まもの…きりまる?

「私は、魔物を討つ者だから」

魔物…か。この状況からしてあながち冗談じゃなさそうだな。

「お…」

詳しく聞こうとしたが…女は長い髪を揺らして闇の中に消えていった。

「じゃあな…栞…」

そして俺もその場から離れ、家に帰った。

 

 

 

「おかえりー」

家に帰ると名雪が出迎えてくれる。

「なあ、魔物切丸って知ってるか」

「魔物切丸?おかあさんが話してくれたおとぎ話にあったような気がするけど…」

「そうか。そういやそんなこともあったような」

魔物、女、剣…何かひっかかるものがあると思っていたら…そうか秋子さんが話してくれたおとぎ話だった。

しかし内容が思い出せない。あとで聞いてみるか。

夕食の後、俺は秋子さんに魔物の話を聞いてみた。

「秋子さん、"魔物切丸゛ってなんでしたっけ」

「あら、おぼえていたんですね」

「私はわすれてたよー」

名雪がよこから首を出してくる。どこか楽しそうな顔だ。秋子さんの話を聞くのが好きなのだろう。

「あら、残念ですね。昔、話してあげたおとぎ話よ」

秋子さんは魔物切丸の話をしてくれた。

 

 

魔物は人間のしかばねから生まれ

魔物切丸は魔物のしかばねから生まれた

人にあって人にあらず

魔物の天敵として生をうけた彼女は

年老いることなく魔物を殺しつづける

すべての魔物を斬り殺せば人間になれると信じて

 

 

「そういえば昔きいたような気がするよ」

俺もだ…。しかし…。

「秋子さん」

「なんですか」

「確か、魔物切丸は刀の名前じゃなかったんですか?」

「そうですね…彼女は人間になって、初めて人としての名前をもらえるんです。いつか人間になりたくて魔物を斬りつづける魔物切丸。けれど人間のしかばねから魔物はうまれてくるばかり…」

「かなしい話だね」

「そうだな」

思い出した…。「いつか」なんて日は決して来ないのに、と。子供心にかわいそうだと思った話だ…。

先ほど学校で見た、刀を持った女…。まさかな…からかわれただけだろう。

 

 

 

 

―祐一さん―

 

「どこいくの?」

「ちょっと出かけてくる」

「晩御飯におくれないでね」

「わかってる」

そう言って俺はまた夜の道を歩く。昨日と同じよう…いつものように…あの場所に。栞の声が俺を呼ぶから…。

「今日も来ているのか」

昨日と同じように黒い髪の女があの場所にいた。

「……………」

そして昨日同じように俺など気にしないでいる。

「昨日も言ったがここに来るなよ」

「……………」

女は黙りっぱなしだ。

「おい!どこの誰だか知らんが早く帰らないと…」

腹が立った俺がどなりつけると女は俺の方を振り向く。

「川澄」

「え」

かわすみ…名前か…。

「私は剣道部3年の川澄舞。以前にあったはず。忘れたのか?」

「え…」

かわすみ…。だれだ?

「あ…」

そういえば…あれはいつだったか…以前に剣道部に遊びに行ったときに話したことが会ったよな…。確か北川に友人として紹介されたんだった。

「そうか、そうだったな……。怒鳴って悪かった。先輩…」

なぜ忘れていたんだろう…。

「舞でいい」

「え、ああ…」

「祐一こそなんでこんな時間に?あの事件のあとなのに?」

じけん…?

「違う!あれは現象だ…。教室で栞がいきなり。死んだんだ」

そう…あれは…。

 

 

 

雪の積もった学校の中庭。そこに私服姿の女の子がいた。

「こんなところで何してるんだ?」

それが俺と栞の出会いだった。

その後も俺たちは何度も同じ場所であった。会うのが当たり前になっていったんだ。

「あの…祐一さん」

「何だ?」

「一緒に帰りませんか?」

「いいぞ」

「うれしいです。きっとおまじないがきいたんです」

「何か言ったか?」

「いいえ。じゃあ帰りましょう」

俺たちはそうやって二人でいたんだ…。そう…ずっとそうやっていたかったんだ。それが…。

 

「祐一さんは好きな人がいるんですか」

「いるぞ」

「…………」

「なんで黙るんだ」

「好きな人がいるのに私なんかと一緒にいていいんですか…っ…っ」

「な、泣くな。俺の言い方が悪かった。だから泣くな」

「え…」

「だから!俺は、栞が好きだって言いたかったんだ!」

「ゆ、祐一さん…うそじゃないんですよね?…っ…」

「何度でも言ってやる。俺は栞が好きだ。…ああ頼むから泣かないでくれ」

「う、嬉しいんですよ…っ…」

俺は泣いている栞を抱きしめた。栞はそれを拒まないで抱かれてくる。

この世で一番大切な人が自分の胸の中にいることが…とても嬉しかった。

 

 

 

「よく覚えているな…」

「わすれるなんて、そんなことできるわけ無いだろ」

忘れるわけが無い。好きだったんだ…。俺は栞が誰よりも好きだったんだ。一緒にいてあれだけ心が安らぐ人はいなかった。

それが…目の前で…俺の目の前で…

「あんな死に方をしたんだ!」

 

 

 

「きっとこもれおまじないのおかげなんですね……。そうでないと祐一さんが私なんかを好きになってくれるわけがありません」

「な、なんなんだ。そのおまじないって?」

「私聞いたんです。こわいおまじない」

「こわい…おまじない?」

「誰もいない学校の教室で夜、たった一人で、魔物に願いをするんです。そして願いを聞き入れてもらえると…」

―ひきうけた…―

「だけど本当はやってはいけないこわいおまじないなんだそうです」

まさか…

「わたし…ばかですね…」

「栞…やったのか…?」

「わたし…声を聞きました…」

じゃあ…

「な、なんだ!何を願ったんだ!そんな君気味の悪いまじないなんかしなくても俺がその願いをきいてやれたかもしれないのに!」

俺は…栞の…。

「言えよ、何を願ったんだ」

「わたしは…」

 

ぐしゃ…

 

嫌な音がした。

「し…おり」

生暖かい物が体に降り注ぐ…。これは…これは…栞の…。

「栞!」

足元には栞…いや、栞であったものがバラバラのミンチになって転がってる。

「う…」

そんな…そんな…わけ……

「うああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

俺は叫んだ。叫びつづけた。

栞が死ぬなんて…。さっきまで俺の胸の中にいたんだ。

死んだわけがない。

死ぬわけが無い。

しぬわけがない。

しぬわけがない…。

これは夢だ。起きたら目の前に栞がいるんだ。

だから俺は叫ぶんだ。

これはゆめだから。

さけべばいいんだ。

さけべばきっとめがさめるから。

はやくおれをおこしてくれしおり。

「何があったんだ!」

「おい!お前!」

俺の邪魔をしないでくれ。俺は起きるんだ。

しおり

し   お   り

 

 

 

「結局事件はそのまま迷宮入りだ………」

「…………」

こんな話を聞いたのに舞は顔色一つ変えないでいる。それとも舞はこの話を詳しく知っていたのだろうか?

「俺はもうおかしいのかもしれない……いや、そうなって当然だな。全身に栞の返り血を浴びたんだからな。それ以来栞の声が聞こえるんだ…………」

―祐一さん―

今俺がここにいるのも栞が俺をここに導いたから。

「俺は…まじないが全ての元凶だと思う…。栞が何を望んだかわからないが、ここには栞を殺した何かがいるんだ!栞は代償を払わされたんだ!」

でなきゃあんな死にかたをするわけが無い。

「そうだな…。祐一は彼女に呼ばれて何をしにきた?」

「舞…おまえ…俺の話を信じてるのか?お前はいったい」

こいつはいったい…何を考えているんだ…。

「肝だめし」

―祐一さん、ここです―

「栞…」

「あの教室か……いこう祐一」

「でも…まじないは誰もいない所でないと…」

「人間がいなければいい…」

「え…」

ひとがいなければって…?

「!!」

浮遊感…体が吹き飛ばされたんだ。それが理解できた瞬間床に体を叩きつけられる。見えない何かやられたんだ。

「舞!」

見えない何かが舞に襲い掛かる。机が派手に飛び散り、衝撃が走る。

「人間のふりもここまでか…」

そう言って何かを取り出す。…日本刀!

「舞…。おまえはいったい…」

「安心しろ祐一。この刀はどんな魔物をも切り裂く」

舞の刀が振り下ろされ。見えない何か…魔物が叫び声をあげる。そして中空に血しぶきがまいあがる。栞とおなじように…。

そういえば…剣道部に舞なんていただろうか…。いや…それどころか俺は剣道部になんか行ったことはないはずだ。じゃあ俺の目の前にいるのは…。

「祐一!!」

「え」

「あとは祐一次第…。彼女を殺した魔物の正体がしりたいんだろ」

「栞…」

信じられなかった。目の前の空間に栞がいる。

―祐一さん。逃げてください。今まで祐一さんを呼んでいたのはあいつが私のふりをしていただけです…。祐一さんはにげてください―

「栞!魔物め!姿をあらわしやがれ!」

次の瞬間…何も無かった空間に何かが現れた…。

それは見たことも無い異形の生き物だった。

「これが…魔物…」

魔物は…栞を殺した奴は…。

「こんな…こんな魔物に何を願ったんだ栞!」

―祐一さん―

舞の刀が魔物を切り裂く。

―祐一さんが私のことを一生忘れませんように―

「そんな…それくらい…それくらい…俺が…いくらでもかなえてやれたのに…栞」

「魔物に殺されても彼女は祐一を守ろうとしていた…」

…そうだな。栞は俺を守ってくれた。最後までずっと。こんな俺のために…。

「願いをかなえてやれ」

「舞…いや…お前はいったい…」

「魔物切丸」

舞は…いや魔物切丸の少女は…そのまま去っていった。ここには魔物はいなくなったから。次の魔物を求めて…。いつか人間になるために…。決してかなわぬ夢をもとめて。

そして俺はただ…栞のことを抱えて生きていく…。