ある日の夜。俺はパジャマ姿(それと一年戦争で使われたザク系MSのプリント付きどてら)の名雪に部屋の前で呼び止められていた。
「なんだよ」
「ノート返してもらいにきたの」
「ノートぉ?」
俺はザクレロ顔になる。
「貸してあったよ、わたしのノート」
「あ、そうか、そうだったな」
先週のうちに、学区の勉強内容を把握するために名雪からノートを借りていたことを思い出した。といっても借りているだけで、まだ目さえ通していなかったが。
「今から予習復習するの。だから今夜は返して」
「すまん、学校だ」
「嘘だよね」
「悪い悪い。明日学校で言ってくれたら、その場で返すから。じゃ」
「じゃ、じゃないってば」
「ジャマイカン」
「ジャマイカン、でもないよ〜っ!」
「ジャミトフ」
「ジャミトフ、でもないよ〜っ!」
「じゃあ、なんだよ」
まったく人がティターンズの人物でボケたんだからそれなりのツッコミが欲しいぞ…。たとえば『なんでティターンズのおじさんばかり言うんだよ〜』とか。
「それはこっちが聞きたいよ。どうしたらいいんだよ〜」
「おまえ、疲れてるんだよ。とっとと寝てしまえ」
「誤魔化さないでよ〜」
どうやら名雪は、教科書とノートは毎日家に持ち帰り、予習復習を行っているらしい。俺みたいに掃除当番泣かせの重たい机にはしていないのだ。
「じゃあ、どうしたいんだよ、おまえは」
「わたしは、予習復習をしたいだけだよ…」
「じゃあ、俺に今から風呂入って湯冷めしないうちに寝ろと言うんだな?」
「言わない」
「あ、そう。でも今夜は冷えるからな、言われなくてもそうするぞ、俺は」
まったく、予習復習ぐらいどういうことないだろう。一日くらいどうという事はない!
「………………」
「名雪、ノートで予習復習できる等と思うなよぉ!物事はそう簡単にいかんという事を、この俺が身を持って教えてくれるわぁ!はぁーはははははは!!ざまあ見ろぉ!!」
俺はどこぞの濃くてインパクトのありすぎる格闘家のように大声で名雪を笑ってやった。
「………………」
あ、さすがにちょっと怒ったかな。
「よくもこの私をバカにしてくれたね!」
次の瞬間、名雪の鉄拳が俺に炸裂した。な、なんて重い拳だ。
「ふごっ!な、何をする?」
しかし名雪はさらに俺に拳を打ち込んできた。
「うるさぁい!!私はもうあなたを祐一と呼ばない!今日からは私の敵、相沢祐一!」
名雪の拳はあまりにも早く、重く、そして隙がなさすぎた。それはまさに達人のなせる技だった。
「ま、まて」
「祐一も格闘家だったら拳で語れー」
「そんな!」
「バカモノ!」
「ふごっ!」
「バカモノ!」
「がはっ!」
「バカモノ!」
「うおっ!」
「バカモノ!」
「…ゆ…許して…」
「バカモノ!」
「ごめ…ん…なさ…い」
降り注ぐ名雪の鉄拳で俺の顔面は見るも無残に…。ボディーにも鈍い痛みが…。
ま…まさか名雪にこんな過激な一面があったなんて…。まるでカミーユだ。
「いい!祐一のおかげでお父さんは死に、お母さんは冷凍刑!そして私は祐一を追ってきてこのざまだよ!祐一に笑われる筋合いは無い!」
な…なんの事ですか?秋子さんは下でピンピンしていますよ。俺はキョウジ兄さんじゃないんですから…。
「許して…ください…。ノ…ノートは今から取りに…行かせてもらいます。だから…もう…殴らないで…。お願いです」
「………本当だね」
「はい…しかし学校は空いていますか?」
すっかり萎縮した俺は卑屈に敬語しか話せなくなっていた。
「宿直の先生とかいるよ。いなくても、窓ガラスを壊してでも取ってきてね」
「そ、そんな…」
「冗談だよ。とにかく頑張ってね」
…今、目が本気だったんですけど。
俺は部屋に戻りコートを羽織って、出て来ると、まだ名雪はそこに立っていた。
「では行ってきます」
「自業自得だよ、遅れると困るから早く帰ってきてね」
俺は名雪の脇を抜けて、俺は階段を降りた。外に出ると、強烈に冷たい風が衣服の隙間を縫って、地肌にまで吹き込んでくる。俺は鼻の下までコートで覆い、駆け足で学校へと急いだ。
学校に辿り着くと、昇降口のひとつひとつその入り口を調べてゆく。冷たい扉を押してみても、開くものはひとつとしてなかった。
今回の俺はソリッド・スネークではないので、侵入は難しいか。そう思っていると、別な場所にもうひとつ小さな昇降口があるのを発見する。
職員用のものだろう俺はそれに駆け寄って、扉を慎重に押してみた。
きぃ…。
助かった…。開いてる。やはり、宿直の先生が居るのだろうか。
自分の教室まで辿り着くと、そのドアに手をかける。自分の机に辿り着くと、目的のノートを見つけた。
それを抱えると、足早にきた道を辿って、教室の出口へと向かう。
たん、と俺の足が廊下のリノリウムを叩いた。
「…………」
違う世界へと踏み込んでしまったのではないか。俺はそう思った。そう、例えるなら今までGガンダムを見ていたのに、それが急にZガンダムに変わったかのような錯覚に捕われた。顔をあげたその先に、幻想的な光景があったからだ。ガンダムW、というほうが近かっただろうか。
少女は夜の校舎に立っていた。一振りのヒート剣(ドム用)を携えて。
「よぉ」
正面にたっているのだから視界には入っているのだろう。
でも返事はない。まっすぐ、俺の背中のその先を凝視している。振り返ってみるが何もない。
「なにやってるんだ、こんな時間に」
「…………」
「演劇部の稽古か?」
「…………」
一向に返事はない。俺は彼女の手に収まるヒート剣に目を落とす。本当に熱くなるのか?…まさかな。
「さて……」
べつに彼女に用があったわけじゃなかったが、どうしてだか俺は彼女と話がしてみたかった。
少なくともこんな夜の校舎で人、それも女の子と出会うなんて奇跡的だ。
それだけでも話すに充分の価値がある。
「ひとりなのか?ひとりだったら、途中まで送るけど」
「…………」
「俺もこの学校の生徒だ。忘れ物を取りにきただけで、怪しいもんじゃないぜ」
俺は両腕を開いてみせる。
「………」
ちらりと俺のほうを向いた。敵視とも。友好的ともとれない目だ。
「ほら、こんなところにひとりで居たら、何がでるかわかんないだろ?」
ガキッ…と音がした。
「ん…?」
音のほうを振り向きみるが、何もない。
温度の下がった校舎が軋みをあげただけだろう。俺は女の子のほうへと向き直る。が、その姿がなかった。角度を下げた体が脇をすり抜けていた。
「おい、どうしたんだよ、いきなりっ」
その背中を追おうとすると、入れ替わり、何かが俺の体にぶつかっていた。
「なッ…」
浮遊感は一瞬だ。
次の瞬間には俺は左半身を強く壁に叩きつけられていた。立っていた場所とはほど遠い位置で。
「ぐっ…」
気を失っていたかと思ったが、そうでもなかった。失っていたとしても一瞬だ。
「できる!貴様何者っ!」
しかし目の前には何もいなかった。確かに気配は感じたんだが…。てっきり、全然ドイツっぽくない仮面忍者でもいるかと思ったんだが。
さらに次の瞬間…またもや俺は左半身を強く壁に叩きつけられていた。
「二度もぶったね!親父にも殴られたこと無いのに!」
そう言って目を開くと、こちらへ剣を引いた格好で猛然と向かってくる彼女の姿があった。
眼前へと迫ったとき、その刀刃が水平に薙がれた。
ガギィッッ!!
異質な音。
目の前の空間が裂けた。
矢継ぎ早にヒート剣がその空間の肩口へと振り下ろされていた。
ガンッ!!
ヒート剣はリノリウムの床に突き立っていた。
「……………」
「……………」
すべての物音が止んでいた。
「……………」
「は、はぁっ…」
ようやく忘れていた呼吸をする。
耳鳴りが、やまない。
剣を持つ彼女は、壁にもたれかかったままの俺に一瞥をくれた後、何も言わずに背中を向ける。
「おい、待てよっ」
「……………」
「一体なんだったんだ、今のは…」
「……………」
「おい、待てって!こんなワケがわからないことってないだろ!?これじゃまるでアニメじゃないか!」
俺はその背中に向けて、そう捲くし立てた。
「……………」
彼女の足が静止した。 「アニメじゃない…アニメじゃない…本当のこーとさー」
その一言だけが、静閑となった空間に残された。これがガンダムおたくの舞との最初の出会いだった…。
「ただいま」
靴を脱ぐと、その先に待ちかまえていたように名雪が現れたところだった。
「どうだった?」
「戦利品」
「ありがとう。本当に持ってきてくれたんだ」
「管理体制がずさんだったからな」
「じゃあ今度は校長先生の机を持ってきてよ」
「そ、そんなもの何に使うんだ…」
「ギレン・ザビごっこができるよ。ガルマの国葬とか」
「そんなことしてどうするんだよ…」
「我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか。否!始まりなのだ!地球連邦にくらべ、我がジオンの国力はわずか30分の一以下である」
「頼む、こんなところで大声出して演説を始めないでくれ」
「我が忠勇なる、ジオン軍兵士達よ。今や、地球連邦軍艦隊の半数が我がソーラレイによって宇宙に消えた。この輝きこそ、我等ジオンの正義の証である。決定的打撃を受けた連邦軍にいかほどの戦力が残っていようと、それは、すでに形骸である。あえて言おう、カスであると!」
「いや、演説の内容を変えろって意味じゃ…」
今度はア・バオア・クーの演説か。
「繰り返し聞こえてくる、祖国の名誉の為に、ジーク・ジオン!」
「だから、演説自体をするなって…」
演説する人物を変えられても。
「残念」