第0話
「訪問者と闖入者のすれ違い SIGHT―1」


 

 まるで眠りから覚めた直後のように、意識がはっきりしない。
 夢特有の、上下の差異が無い浮遊感と、現実の体にかかっている重力とが共存しているため、脳が混乱する。しかしそれはほんの一瞬の事でしかなく、普通の人間はすぐに意識を覚醒させる。ならば、いつまでもこの状態が続く自分は何なのだろう。
 だが、意識ははっきりしなくとも、五感はきちんと機能している。その証拠に――
 ――視覚は無機質な壁と点滅する赤い光を。
 ――聴覚はけたたましい警報を。
 ――嗅覚は鼻を衝くような生臭さを。
 ――味覚は鉄の味を。
 ――触覚は足の裏の冷たい床の感触と、足元に触れる柔らかい物体を。
 それぞれ認識していた。
 ぼやけた思考の中、耳障りな警報を疎ましく思いながら何気なく視線を下げる。先ほどから足元の感触が気になっていたからだ。
「……あれ?」
 掠れた声が口から零れた。
 視界の中で点滅していた赤い光は床全体に広がっている。否、それは光などではない。赤い、粘ついた液体だった。
 鼻腔を満たしている生臭さも、舌先の鉄の味も、その液体が原因なのだ。
「これ……何?」
 素朴な疑問を口にするが、それは自分に対する誤魔化しでしかない。床全体に広がる赤い液体が何であるか、そんな事は分かっている。
「……分からない」
 だが、それを認めるわけにはいかない。自分は何も分からない。何故、このような状態になっているのか分からない。何故、自分の周囲に夥しい数の人間が横たわっているのか分からない。何故、その人間達が赤い液体に塗れているのか分からない。そして何故、自分が着ているガウンのような服が赤く汚れ、掌には赤い液体がべったりとこびり付き、口の中に鉄の味が広がっているのかも分からない。
「あ、ああ……」
 赤い掌を見る。指の隙間から垣間見えた仰向けに倒れている人間が、暗い洞穴のような虚ろな瞳でこちらを見つめていた。
「何で……」
 どうしてそのような瞳を向けるのだ……怨みや憎しみをぶつけるような瞳を。それではまるで――。
「違う……あたしは……」
 ――まるで自分が殺人者のようではないか。
「……違う!」
 そんなはずはない。そんなはずがあってはならない。
 赤く汚れた掌で顔を覆った。鼻腔にさらに強い臭いが侵入するが、今更気になるものでもない。そのようなものは、死体が向けてくる視線に比べれば些細な事だ。
 自分の中の理性が徐々に浸食されていくのが分かる。口では……表層的な思考の中では、この状況を作り出した顛末を否定しつつも、深層意識が無理矢理に記憶を呼び起こす。
 人間の腕を、脚を、首を引き千切り――眼球を、胃腸を、心臓を抉り出し――飛び散る血飛沫を恍惚とした表情で眺めやり――死体で覆われた床の中心で笑い狂う人物。それは――。
「違う!
 あたしじゃない!
 あたしは……あたしはそんな事してない!」
 自分の手で視界を閉ざしたまま叫ぶ。すると、突然、何かが足に触れた。
 視界を開けて見下ろす。
「……ひ!」
 死屍累々と横たわる骸の中から青白い腕が伸び、足首を掴んでいた。
「い、いやぁ!」
 恐怖と嫌悪感で足を振り乱すが、手は離れない。異様な力で指が喰い込んでいる。
 悲鳴を上げ続ける自分の足首を掴んでいた死体が起き上がり、潰れた眼球で睨みつけた。 『ナゼ……コロシタ……』
 地の底から響くようなおぞましい声。
 理性が臨界点に達し、声帯が切れる寸前まで悲鳴を上げた。
 
 
 
「あ……」
 目が覚めると、そこは真っ暗闇だった。
 自分がベッドに横たわっている事を思い出し、粘着性のシーツを外す。起き上がろうとして、すぐ頭上の天井に頭を軽くぶつけてしまった。
「痛……!」
 体を横にずらして狭い空間から抜け出すと、そのまま横に流れて行く。
「わ……!」
 無重力空間である事をうっかり忘れていた。無様に壁にぶつかり、今度は背中をしたたかに打ちつけてしまう。
「いった〜……」
 ぶつけた箇所を擦りながら、室内の照明のスイッチに手を伸した。天井にあるパネル型の照明装置が、室内を支配していた闇を駆逐する。慎重に床を蹴って窓の傍まで移動した。
 強化ガラス越しに見えるのは、永遠の夜と無音が支配する空間――宇宙。
 宇宙世紀0118年。
 人類がこの無限の闇へ開拓の手を伸ばしてから、既に1世紀以上が経過している。
 かつて、地球という小さな惑星の表面のみで生きていた人類がその生活圏を宇宙へ広げた時、精神面における進化や革新を希望した者は少なくない。だが――。
 室内の照明がガラスに反射し、鏡のように自分の姿を映し出す。
 未だ幼さの残る童顔。黒真珠のような深い色の瞳。目尻は下がり、見るからに気弱そうな印象を受ける。些細な理由で伸ばしている黒い髪。いや、伸ばしているというよりは切らずにいるだけだろう。これといって特徴の無い、どこにでもいるような田舎娘と言ったところか。
 窓に映った自分の貧相な外見を見て、今年で13歳を迎える少女――マナミ・ササミヤは溜息をついた。人が精神面でどれだけ進化しようと、それで容姿が良くなるわけではない。嫌な夢を見た後という事もあり、目覚めは最悪だ。
 宇宙の闇と星々の光、そして室内照明の他に、窓ガラスに映っているものがある。マナミは何となくそれを眺めた。
 闇を浸食するように広がっている赤茶けた輝き。
 宇宙世紀0093年に勃発した『3月戦争』によって、人類は故郷たる地球を失った。消滅したわけではないのだが、隕石の落下によって人間が住める環境ではなくなってしまったのだ。
 そんな人類が第2の故郷にするべく開拓を進めているのが、この赤茶けた惑星――火星である。
 今、マナミは火星の衛星軌道上を航行している箱型の航宙輸送船『サウス・イエティ』の船室にいる。
 単に睡眠を取るだけを目的とされた2段ベッドは、船室の壁にめり込むように作られており、人1人がどうにか横になれる程度のスペースしかない。文字通りサンドイッチ状態であり、これでは寝返りも打てないが、無重力下では床擦れの心配も少なく、さほど重要視はされていない。とはいえ、狭い空間に一時的でも押し込まれるのは精神的にも堪える。
 部屋で寛ぐ場合、無重力の状態は人間にとって良好とは言えない。元々、人間は地球の重力に合わせて進化したのだ。標準サイズ以上の宇宙船の場合、居住区等は人工的に重力を発生させるのが普通だが、サウス・イエティのような小型の輸送船ではそれも望めない。
 何気なく火星を眺めていたマナミは、ドアの開閉音に振り返る。
 開いたドアから1人の少女が入って来た。
「あ……ルーシェ少尉」
 マナミが呟き、体ごとその少女に向き直る。彼女がルーシェと呼んだその少女は、年齢17歳。同じ歳の少女達の中では身長がやや高い。吸い込まれそうな青い瞳と金色のショートヘアが目を引くが、癖毛なのだろうか。彼女の金髪は年中、荒波状態だった。目つきは鋭く、どことなく近寄り難い雰囲気がある。これで背中に羽でも生えていれば、神話に登場するような『堕天使』そのものだったかもしれない。
 はたと思い出したように、マナミは室内に備え付けてあるデジタル時計を見やる。時刻は朝の5時を回っていた。別にこのような早い時間に起きねばならない予定は無かったはずだが……。
 再び寝るにしても睡魔は完全に覚めてしまっている。起きてしまったものは仕方が無い。
「どうしたんですか?
 こんな時間に……」
 とりあえずマナミは、堕天使に成り損ねた金髪の少女――ステラ・ルーシェに素朴な質問をしてみた。
 ステラはマナミを一瞥し、床を軽く蹴ってクローゼットまで移動する。
 鋭い目つきのステラと視線が合うと、マナミは一瞬だけ息が詰まった。他意は無いにしても彼女と目が合うと、どうしても睨まれているように思えて仕方が無いのだ。
「マナミ……到着が近いわ。準備をしておきなさい」
 可憐な外見とは不釣合いな低い声を発し、ステラは赤色の服を2着、クローゼットから引っ張り出すと、サイズの小さな方をマナミへ放った。無重力空間なので、赤色の服は真っ直ぐにマナミの手元にやってくる。
「もうですか?
 早いですね……」
 目的地への到着は8時のはずである。航路状態が良好だったとはいえ、いくらなんでも早過ぎるのではないか。
 ステラによると、情報漏洩の危険を考えて本当の航行スケジュールは船長と航宙士、機関員にしか知らされていなかったらしい。
 ステラ自身、深夜3時に船長からのコールで操縦室に呼び出され、そこでようやく知ったのだという。そういえば、夢うつつに電子音を聞いたような気がするが、それだったのだろう。ステラは目を覚ましたというのに、完全に覚醒せずにすぐに夢の世界に舞い戻った自分はだらしないのだろうか。
「あたし達……信頼されてないって事ですか?」
 赤色の服を手に持ったまま、ステラの話を聞いて俯くマナミ。サウス・イエティの航路は秘密にしなければならないのは知っているが、当事者である自分達も疑われるというのは気持ちの良い話ではない。
 浮かない顔のマナミを他所に、ステラは身に着けていた私服から赤色の服に着替える。
「……連中の仕事は私達を送り届ける事。なら、予定は自分達だけ知っていればそれでいいと考えたのよ」
「はぁ……そういうものですか?」
 納得しきれない表情のまま、マナミも着ている服を脱いで赤色の服に袖を通す。肌着を脱いだ際、彼女の胸元に下げられていた古めかしいロケットが小さく揺れた。
 着替えを終えたマナミは、まるで似合わないパーティ衣装を無理やり着せられた子供ようにぎこちない外見をしている。
 クローゼットの戸の裏に取り付けられている鏡で襟を正しているステラ。その後ろからお零れを預かるように身を乗り出し、マナミも襟を正す。
 赤服の胸に金糸で施された、翼を広げた鷹の刺繍が鏡に映った。その刺繍は彼女達がネオ・ジオン軍の兵士である事の証明である。
 現在の地球圏、及び火星を統括しているネオ・ジオン政権直轄の軍隊。ステラとマナミはその中の『ネオ・ジオン火星方面軍第13独立実験部隊』に所属している。
 実験部隊というのは、主に新型の機動兵器や実験機などを試験運用し、その有用性と問題点の早期発見を行う……と言えば聞こえは良いが、問題児を集めて余り物の機体で遊ばせておく、というのが実情である。要するに外れ者の集団であり、その証拠に『第13実験部隊』という名称の割には、実験部隊は他に存在しない。12以前の数字が付く部隊はほとんどが機動部隊や機械化歩兵部隊といった、実戦的な組織ばかりなのだ。 『ルーシェ少尉。ササミヤ伍長。タナトスZが見えてきた。準備をしてくれ』
 ドア横の小さなスピーカーから野太い声が響く。船長だろう。
「了解。任務ご苦労様でした」
 ステラがスピーカーの前に移動して答えた。仕事上の会話では先ほどのような低い声ではなく、上手く抑揚を利かせている。
 緊張で声が上擦ってしまう癖が抜けない自分とは大違いだ――そんな事を考えてマナミは溜息をつく。ステラを比較対象とするという前提がそもそも間違っている事は分かっているのだが、共に行動する事の多いステラとマナミは、何かと周囲から『対照的な2人だ』と言われている。それは単に髪の色や性格の違いについて評しているのだが、ステラが有能で自分が無能というふうに、マナミには聞こえてしまう。
 彼女の溜息を他所に、ステラは通信を終わらせて無重力空間を上手に移動し、窓に取り付く。マナミも窓まで移動して外を見た。
 永遠の闇と赤い大地に加え、巨大な岩塊が見えてきた。あまりにも不恰好なその固まりは、出来損ないのジャガイモを連想する。
 火星開拓のためにアステロイドベルトから牽引されてきた資源衛星『タナトスZ』。内部には火星開拓を主事業とするマクシル・インダストリー社の施設が設けられている。そこでは衛星そのものの資源を加工したり、開拓用の作業機械などを製造したりと、火星開拓に必要な作業が行われているのだ。ネオ・ジオン政府が火星を新たな人類の入植地と決定して以来、火星の衛星軌道上にはこういった資源衛星がいくつもあり、それに伴って火星では様々な企業が設立された。マクシル社もその1つである。
「すごいですねぇ。あんな物を運んで来るなんて……」
「実際の運搬作業そのものは軍の管轄下で行われたのよ。不安定な岩の固まりに無理やり推進エンジンを取り付けたものだから、事故が絶えなかったらしいわ」
 しかし、感嘆の声を漏らすマナミに対し、ステラは窓の外を見据えたまま、冷淡な口調でそう言った。
 真空の宇宙空間では遠近感が掴みにくいため、タナトスZは小さく見えるが、実際はサウス・イエティなどよりも遥かに巨大な岩塊のはずだ。
「しかも作業に従事したのは、大半が職に溢れた民間人だったという話よ。軍人達は安全な宇宙船の中から偉そうに指示を飛ばしていただけだとか……」
「……そ、そうなんですか?」
「だから、こういう場所の人間は軍人に対してあまり良い感情は抱いてないわ。振る舞いや発言には気を付けなさい」
「は、はぁ……」
 少し大げさではないかと、マナミは思った。サウス・イエティに搭乗する前に会ったマクシル社の作業員達からは、それほど悪い印象を受けていない。
「……彼らにとって私達は、疎ましい食客なのよ」
 しかし、ステラの評価には容赦が無い。彼女は、普段は口数が少ないくせに軍への批判となると人が変わったように饒舌になる。マナミは未だ彼女の性格を把握しきれない。しかもステラ自身が軍人にあるにも関わらず、彼女は軍隊という存在に関して尋常ならざる嫌悪感を抱いているようだ。それほど軍が嫌いなら、何故軍人になどなったのだろう。以前からずっとマナミが抱いていた疑問だが、果たしてそれを本人に訊いて良いものかどうか分からないまま、今日まで至っている。 (軍服だって、あたしより似合ってるのに……)
 ガラスに映った自分達の姿を見て、思わずそんな事を考えた。
 ステラ・ルーシェの場合は、街ですれ違ったら思わず振り返ってしまうほどに赤色の軍服がよく似合っていた――街で歩く時に軍服を着るかどうかというのは別の話として、だ。
 マナミと同じ実験部隊の所属であり、彼女の先輩の1人である少年、ニコル・アマルフィが『着こなし方の問題であって、決して貫禄とか素材の問題じゃないよ』と言っていたが、あまり嬉しくないフォローである。
 船に僅かに振動がかかった。タナトスZの宇宙港に入るため、緩やかに減速しているのだろう。
 ステラとマナミは、ある物を受け取るために、宇宙船サウス・イエティに乗ってタナトスZにやってきたのである。
 
 
 
 タナトスZの港のハッチが開き、四角い来客を迎え入れる。
 サウス・イエティは船長の熟練された操船技術によって、輸送船用ドックに滑り込む。周囲の壁から太いチューブやロボットアームが伸び、船を固定した。
 空中通路が船のエアロックに繋がると、そこでようやくこの船は休息を許される。
 エアロックのドアが開き、40代ほどの体格の良い船長と操舵士が繋がれた通路に出て、その後にステラとマナミが荷物片手に続く。
「ようこそ。タナトスZへ」
 出迎えた小太りの中年男性が愛想の良い顔でそう言った。
「私が責任者のデニル・カルバーンです。ここには、何も無くて若い方には退屈かもしれませんが、何卒よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。我が軍の志を理解し、惜しみなく協力をしていただける御社には感謝の言葉もありません」
 事務的な口調で言ってから、ステラはカルバーン氏に頭を下げる。彼女の後ろにいたマナミも慌ててそれに倣った。
「よ、よろしくお願いします……」
 ぎこちなくお辞儀をするマナミを、傍らで船長が苦笑しながら眺める。それは新しい学校に入学したばかりの娘を見る父親のようにも見えた。
「しかし、若いとは聞いていましたが、こんな可愛らしいお嬢さん方だったとは……」
「ありがとうございます。さっそくで申し訳ありませんが、我々に譲渡していただける物を見せていただけませんか?」
 カルバーン氏の世辞を受け流し、ステラは本題を切り出す。
「ふむ、そうですな。では、こちらへ……」
 カルバーン氏に促され、2人が床を軽く蹴って移動を開始すると、その背中に船長が威勢の良い声をかけた。
「頑張れよ。お二人さん」
「あ、はい……お世話になりました」
 マナミは振り返って会釈したが、そのせいでバランスを崩し、体が浮き上がってしまう。
「わ……!」
 焦って振り乱した手を、ステラが乱暴に掴んで引き寄せる。不注意を咎めるステラに気恥ずかしさからか、肩を落として謝るマナミ。
 そんな2人の去っていく背中を見送りながら、船長が傍らの操舵士にぽつりと漏らした。
 
「……酷い話だな。あんな子供まで軍隊にいるとは……」
 
 
 
 最初に寝泊り用の部屋へ案内され、そこへ手荷物を置いた後、2人はカルバーン氏に連れられるままにエレベーターで衛星の外壁に近いフロアまでやってきた。
 ガラス張りの部屋からは、隣接する格納庫が見渡せる。様々な作業機械が動いている中に、ひと際目立つ巨大な影が並んでいた。
 カルバーン氏が振り返り、手で指し示す。
「あそこにある2体が、当社からあなた方にお譲りしたい物です」
 示された先を見ると、それは人の姿をしていた。といっても、全高は15メートルはあるだろうか。
 モビルスーツと呼ばれる、頭、腕、胴、腰、脚で構成された機械の人形。頭部もしくは胸部に人間1人用のコックピットがあり、そこでこの人形を動かすのだ。
 宇宙世紀0079年。
 地球からもっとも遠いコロニー郡サイド3がジオン公国を名乗り、当時地球圏の実権を握っていた地球連邦政府に対して独立を宣言。それに伴って勃発した戦争を『ジオン独立戦争』と言い、結果として1年後の宇宙世紀0080年にジオン公国が敗北して戦争が終結したため、『1年戦争』とも呼ばれている。その1年戦争で、ジオン公国が初めて実戦に投入した巨大な人型機動兵器。それがMS(モビルスーツ)であり、多大な戦果を上げた。
 宇宙世紀0069年に、ジオン公国の技術者であったトレノフ・Y・ミノフスキー氏によって発見された強い帯電性質を有する物質であり、通称『ミノフスキー粒子』と呼ばれるようになったのだが、この粒子は強力な電磁撹乱を起こし、長距離通信や広範囲レーダーが使用できなくなってしまった。そのため、人類の戦争は時代を逆行し、有視界戦闘という極めて原始的な戦い方をせざるをえなくなったのだが、その状況でMSの運用が非常に有効である事が、1年戦争で証明された。以来、軍隊の主力兵器は、この巨大な機械人形が中心となったのである。それはネオ・ジオン軍とて例外ではない。
 格納庫に並んでいるのは、赤い塗装が施されたMSが多数を占めていた。マルクス社は火星開拓の機器だけでなく、このような兵器や軍需物資も製造している。無骨な外見と丸坊主の頭部は古代神話に登場するような巨人を彷彿とさせた。現在、ネオ・ジオン軍で最も普及している量産型MS『デミック』だが、カルバーン氏が示したのは、そのさらに奥に並ぶ2体のMSである。
「いかがでしょう?」
 自分で作った工作品を自慢する子供のように、カルバーン氏が2人を窺う。マナミは口を半開きにしてMSを眺め、ステラは相変わらず無表情のまま、射るような視線をそのMSに向けている。
 2体並ぶMSは、全く異なる形状をしていた。
 マナミはまず手前にある灰色のMSを見る。まるで鳥のくちばしのように鋭く尖った頭部。肩を覆っている大型のバインダーが、機体そのものの面積を広く見せている。全体的に丸みを帯びたボディをひと言で表すなら、文鳥が無理やり人の姿を模そうとした慣れの果てと言ったところか。くちばしのような頭部の先端のやや上部に、黒い溝が3つ。分かり易く表現すると、クローバーの葉を黒く染めて尖らせたような形の溝である。おそらくはそこにメインカメラの1つが仕込まれているのだろう。
 もう1体、奥に黒いMSが佇んでいる。手前の文鳥もどきよりも、人間に近い外観を有しており、直線的なフォルムは重量感や無骨さよりも、どちらかといえば芸術品のような繊細さや美しさを感じさせた。ほんの僅かだけ見える背部には、何かを取り付けるためのものか、複数の接合口があった。
「見た事無いタイプですねぇ……」
 些か間の抜けた声でマナミが呟く。
「ええ、何しろ新型ですからな。それぞれ全く異なるコンセプトで開発されています」
 カルバーン氏の説明――もっと言えば自慢話――によれば、手前の灰色の文鳥にも似たMSは型式番号AMX―004―6。通称『キュベレイMk―X』という名前らしい。
「キュベレイって確か……」
「はい、何を隠そうこの機体は、あのハマーン・カーンの搭乗機であったキュベレイをベースにしております」
 カルバーン氏はやや役者染みた口調になっていた。
 ハマーン・カーンとは、宇宙世紀0088年にネオ・ジオン軍を指揮した女性の名前である。ここでのネオ・ジオンとは現在のネオ・ジオンとは全く異なった、名前だけが共通している組織だ。
 あの灰色のMSは、そのハマーン・カーンの専用機であったキュベレイの後継機に当たるのだという。
「見た目こそ違いますが、使用されている部品の多くはデミックの物を使用しておりますので、互換性はあります。次に奥の機体ですが……」
 こちらが本命だと言いたげに、カルバーン氏はやや口調を強めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「はぁ……」
 部屋に戻って来るなり、マナミは溜息をついてベッドに倒れ込んだ。体にかかる重力が心地良い。
 タナトスZにある唯一の重力ブロック。といっても衛星内にあるのではなく、衛星の外壁に連結されているドラム状の施設だ。その内部に社員や作業員の部屋やその他、寛ぐための空間がある。そんなドラム状の施設を回転させ、遠心力によって人工的な重力を生み出している。さながらラット
 片手に持ったままの紙の束を天井にかざし、書かれている文字の羅列を目で追った。
 先ほど見せてもらったMSのマニュアルである。あれから数十分もの間、カルバーン氏は舌をフル回転させてMSのスペックについて説明していたが、理解に苦しむ単語ばかりが飛び交い、後半はほとんど右耳から左耳へ回送列車のように素通りしていった。こうしてマニュアルを読み直す事で、ようやく足りない知識の部分が補えるというものだ。
 キュベレイMk―Xについてひと通り流し読みした後、もう1体のMSの説明ページを捲る。
 機体コード名『ガイア』。
 正式名称は『GUNDAM・IMITATION・ABILITY』。それを『G・I・A』と省略して『ガイア』と読むらしい。
(GUNDAM……ガンダムか)
 胸中で反芻する。
 ガンダムとは、MSが初めて実戦に投入された1年戦争において、地球連邦軍が開発したMSの呼称であるが、このガンダムがあまりにも過大な戦果を上げたために、現在ではその名は伝説や英雄といった言葉とほぼ同意だ。
 その後の歴史で繰り返された戦争や地域紛争の中で、自らの正当性を示すためにガンダムタイプのMSを開発する組織も多かった。このガイアも、おそらくはそういった目的で作られた機体なのだろうか。だが、『ガンダムを模倣した性能』という機体名称は如何なものだろう。
 別れ際、MS譲渡に対して事務的に感謝の意を表したステラに、カルバーン氏が言っていた台詞を思い出す。
「火星の自治権獲得のためです。援助は惜しみませんよ」
 自治権という単語が、妙にマナミの耳に残った。
 マニュアルをベッド脇の小テーブルに置き、引き続き仰向けに倒れて天井を眺める。
(自治権、か……)
 過去、いくつもの組織や部族がそれを求めて血を流した。それはこの時代でもあまり変わらない。
 火星を人類の新たな入植地に設定し、数多くの人間が赤い星に降り立ち、急速に開拓が進んでいった――といえば聞こえは良いが、その実態は地球圏に居座ったままのネオ・ジオン政府と火星開拓人民とのいがみ合いの歴史である。
 開拓を開始して以来、火星にはいくつもの企業が出来上がり、その経済基盤は順調に膨れ上がって行った。
 当時、戦争終結直後の後始末で財政難に喘いでいたネオ・ジオン政府は、この遠く離れた赤い大地も自分達で管理すべしと結論付け、各企業に開拓税を初めとする納税義務や様々な規制を定めた。当然ながら火星の人々はこの政策に激怒し、反ネオ・ジオンの感情が高まっていく。
 火星にも安全管理のための軍隊はいたが、火星での開拓生活を送る内に民間人や企業とも連帯――露骨に言えば癒着し、共にネオ・ジオン政府の政策に反対した。この結果、軍内部は『地球派』と『火星派』に分かれ、火星の未開拓地や宇宙空間で火星独立を巡り、ネオ・ジオン軍同士の散発的な戦闘が繰り広げられる事になったのである。
 片方は『火星の人々に自治権を与え、新たな人類の入植地として地球圏からの独立を目指すべきである』と主張し、もう片方は『自治権を求めるのは時期尚早であり、火星は未だ未成熟な状態である。地球圏の人々と足並みを揃えて歩むべきだ』と主張している。
 ステラとマナミは前者の『火星派』組織に属しているのだが、マナミは別に自分の意思で参加したわけではない。生まれた場所や育った環境が特殊だった彼女は、周囲の状況に流されている内に、現在の境遇に落ち着いてしまった。
 部屋のドアが開き、マナミは上半身を起こす。
 同じマニュアルを片手にステラが入ってきた。
「あ、少尉……すごいですね。あのMS、変形機構とかサイコミュ兵器とか付いてるみたいですよ?」
 マニュアルのスペックに素直に感心したマナミだったが、ステラはにべもない。
「……ただの余り物よ」
「余り物……?」
 冷めた口調のステラに、マナミは首を傾げる。
 ステラはテーブルの上にマニュアルを放り出すと、窓横の壁に背中を預けて腕を組む。窓といってもガラスではなく、資源衛星のどこかに取り付けられているカメラから見た映像を映しているスクリーンである。
「……見た目だけが新しいMSを作っただけよ。最新型が聞いて呆れるわ」
 そう言って外を映した映像を見やるステラの青い瞳には、軽い失望と軽侮の光が灯っていた。
「どういう事なんですか……?」
「ここの企業はね。もう別に新型のMSを開発しているのよ。あの2体は、その新型を作る上で余った部品に量産型のそれを足して組み上げられたんだわ」
 ステラの言葉に、マナミはもう1度マニュアルに目を通す。確かにデミックの部品が多いが、それは整備効率を上げるためだとカルバーン氏は言っていたし、性能もデミックを上回っている。
 マナミはそれらを指摘したが、ステラは冷淡に応じる。
「口では何とでも言えるわ。性能だって、実験中の新兵器や新装備を試験的に取り付けて、機体各部にチューンナップを施しているだけ。マニュアルにはその辺りは誤魔化されているけど、ひと目見てすぐ分かったわ」
「え……」
 ならばそれが分からない自分は何なのだと胸に抱いた疑問を、しかしマナミは口にしなかった。自分の観察力の無さを、今更嘆いても仕方が無い。
「それじゃあ、その開発された新兵器っていうのはどこに……?」
「さて……私達以外の部隊に回されたか、地球派にでも売るつもりか。あのデニル・カルバーンとかいう男、本当に信用できるのかしら?」
「一応、無償で譲ってくれるんでしょう?」
「そんな物は信用を測る要素には成り得ない。むしろそういった相手には注意が必要よ」
 『ただより高い物はない』という言葉を、マナミは思い出した。確かにあの二体を譲渡する代わりに、戦闘等で得られたデータは随時送って欲しいと言っていたが、それは企業としてはごく当たり前な条件と思っていた。他に何かあるというのだろうか。
「所詮、軍隊に媚びを売る企業なんてろくなものじゃないわ」
 相変わらず容赦のない批評をするステラ。
「嫌いですか……やっぱり」
「嫌いよ。軍も、それに媚びる連中も……」
 彼女の口調には、はっきりとした嫌悪の色が露になっていた。 (そんなに嫌いなら辞めればいいのに……)
 ステラの軍隊批判を耳にする度、そのように胸中で呟くマナミだが、それを口にするのは何となく憚られた。込み入った事情があるのかもしれないし、他人のプライバシーに土足で上がるような事はあまり好きではない。
 
 
 
「あの2人はどうしてる?」
 自分のデスクに戻ったデニル・カルバーンは、書類に目を通しながら同じオフィスで仕事をしていたもう1人部下に尋ねる。現在このオフィスには、デニルと彼の2人しかいない。
「あの2人って……軍から来た女の子ですか?
 部屋の方で休んでいるのでは?」
「そうか……」
 それだけ聞けば満足だと言いたげに、デニルは意識を書類に戻す。しかし部下の方は、それまで抱いていた疑問を消化しきれずにいた。
「……ステラ・ルーシェ少尉でしたっけ?
 たしか17歳でしたよね?
 そんな歳で軍の士官だなんて」
「ああ、大したもんだ」
 どうでも良さそうな口調でデニル。その態度を、部下は訝しく思ったが、構わずに言葉を続けた。
「しかし、私としてはもう1人のマナミ・ササミヤ伍長の方が疑問です。13歳で下士官というのはいくら何でも……」
 彼はデニルがあの2人を格納庫に案内した際にたまたま居合わせた。
 ステラ・ルーシェ少尉はどことなく異質な雰囲気を持っていて、普通と違う事は分かったのだが、マナミ・ササミヤはどう見ても歳相応の少女だ。軍服姿も板に付かず、どことなくぎこちない。そんな少女がネオ・ジオン軍の下士官であるなどと、どうして信じられるだろう。
「まぁ、おまえさんの疑問は最もだがな……」
 苦笑を浮かべ、デニルは顔を上げる。
「あの連中は特別なんだそうだ。だから、あの歳で少尉だの伍長だのって呼ばれるんだろうよ」
「……特別?」
「そう。特別……ここだけの話だが」
 デニルは彼と部下以外にいない室内で、声を落とす。
「あの2人、改造人間って噂だ」
 部下は異国の言葉を初めて聞いたように眉をひそめる。デニルはそんな部下の反応を面白がるように僅かに鼻を鳴らす。
「見た目は普通の人間だが、実はMSの装甲も素手で打ち抜けるとか、銃弾も手で掴めるとか……」
「そんな……大昔のアクション映画じゃないんですから」
 理解に苦しむような事を言い立てるデニルに困惑した表情で、部下は苦笑いを浮かべる。
「噂だよ、噂。だが、どこか普通と違うのは間違いないな」
「大丈夫でしょうか?」
「まぁ、触らぬ神に祟り無し、だ。とりあえず必要な事を終わらせたら、問題を起こされる前にMS共々丁重に送り出す。それでいいだろ」
 デニルはそう言って、サインを入れた書類を部下に渡した。
「改造人間……ですか」
「噂だからな。他には言うなよ」
「はい、分かってますよ」
 
 
 
 部下の方も肩をすくめ、書類を受け取ってオフィスを後にする。ちなみにデニルの忠告が無くとも、彼は10分後には会話の内容を忘れていた。
 
 
 
 ベッドに座ってマニュアルを読んでいたマナミは、不意にクシャミをしてしまった。
(風邪かなぁ……心当たりは無いけど)
 鼻を啜りながら、マナミは何気なくステラの方を窺う。彼女の方は飲み物を買ってきて、先ほど同じように外の映像が映ったスクリーンの横に背を預けている。こういった何気ない時間が流れている際、ステラはこのように壁に寄りかかっている事が多い。本を読んでいたり、今のように飲み物を持っていたり、ただ腕を組んでいるだけであったり……。何か考え事をしているのか、それとも何も考えてはいないのか。マナミにはステラの思考を理解する事はできない。
「読まないんですか?」
 マナミはステラ用に渡された、テーブルの上に放置されているマニュアルを見た。
「重要な部分は大体覚えたわ。基本的にはデミックと同じだから、それほど覚える事は無いのよ」
 相変わらず淡々とした口調で、ステラは飲み物の入った密閉式カップから伸びたストローに口を付ける。
「そう……ですか」
 MS2体分の説明をこの短時間で覚えられるものだろうか。いくら量産型と共通点が多いとはいっても、マナミの方はまだその量産型にすらきちんと慣れていない。
(天才と凡人……または月とスッポン)
 ふと端的な例え方をしてみる。無論、前者がステラで後者がマナミだ。
(同じ強化人間なのに……どうしてこうも違うんだろ)
 何となく納得の行かない表情で首を傾げるマナミ。
 ステラもマナミも普通の人間ではない。彼女らが10代の内に士官だの下士官だのという地位にいるのは、彼女達が『強化人間』と呼ばれる、戦闘用に強化された人間であるからだ。いや、ステラの場合は実力も伴っているだろう。
 特殊な薬物などを使用して身体機能を強化し、常人よりも高い能力を有する者……それが『強化人間』である。
 ステラとマナミはその強化人間なのだが、ただ1つ相違点が存在する。
 マナミは生まれた頃から、既に先天的な強化を受けていた。それに対しステラは、元々は普通の人間だったのだが、後に強化処理を受けて後天的に強化人間となった。
 通常、前者の例の方が能力的には優れているはずなのだが、彼女ら2人は例外中の例外である。
 マナミは先天的な強化人間であるにも関わらず、何故か凡人よりややマシという程度の身体能力しかなく、後天的な強化人間のステラの方が、非常に優秀な能力を持っている。このマニュアルの件でも2人の差が感じられるというものだ。
 実際、マナミは当時の研究員達からは『針の無い雌蜂』などと揶揄されていた。雌蜂なのに針を持たない――つまり本来は有り得ない欠陥品という意味であり、『針無し』と囁かれて子供心に傷を付けられた事も少ない。
(そういえば……)
 マナミはマニュアルから目を離し、何気なく外の風景が映ったスクリーンを眺める。
 スクリーンの隅にはいつもと同じ赤い惑星が見え、その他は永遠の夜と星々の光が広がっていた。
(昔、お姉ちゃんにも『あなたは出来損ないなんだからもっと努力しなさい』って言われたっけ……)
 脳裏に懐かしい面影と声が蘇る。
 特殊な施設で育った自分と、いつも一緒にいてくれた姉。厳しいところはあったし、性格もどことなくステラに似ているので近寄り難い雰囲気はあるのだが、それでも何かあれば妹の身を案じ、『針無し』やら『失敗作』やらと白眼視されていたマナミを毎回のように庇ってくれた。マナミにとっては優しい姉であり、唯一の肉親だったが、育った施設が何者かに襲撃されて壊滅し、運良く生き残ったマナミは軍に拾われる。姉の方はそれきり行方不明となってしまった。おそらくはもう――。
「……はぁ」
 胸元に手を当てる。服の下にはロケットの硬い感触。
 懐かしさと共に寂寥感がこみ上げて来たので、気分が沈んだマナミが思わず溜息をついた時――。
「……!」
 突然、こめかみに鋭い痛みが走り、マナミは頭を押さえて蹲る。まるで太い注射針をこめかみに無理矢理刺し込まれたような痛み。昔を思い出そうとすると、いつもこのようになるのだ。
 マナミの様子を見たステラがクローゼットを開け、中に放り込まれていた荷物に手をかける。
「あ、薬はいいです……すぐに……治まると思いますから……」
 頭を抱え、痛みに顔を歪めながらマナミ。無理をしているわけではなく、少し時間が経つと本当に痛みは治まった。
「……すいません、もう大丈夫です」
 頭から手を離し、取り繕うような笑みを浮かべるマナミを見て、ステラはクローゼットの戸を閉めると自分のベッドに腰を下ろす。
「無理は禁物よ。明日からはスケジュールが詰まってるわ」
「はぁ、でも本当に大丈夫ですから……」
 そんな会話をしている間も、ステラは手元のカップに視線を落としたまま、こちらを見ていない。
 自分と2人だけの時にステラの方から話しかけて来る事など滅多にないので、どのように返答すれば良いか困ってしまう。
「ここの連中の思惑はともかく、私達は私達の任務を遂行しなくてはいけない。そのためにも、今日は早めに休みなさい」
 そう言って、ステラは飲み終わったカップを持って部屋を出て行った。
「心配して……くれてる、んだよね?」
 金髪で覆われた後頭部を見送り、自信が無さそうに1人ごちる。ステラの口調が強めだったので、厳重注意を受けているかのような気分にもなってしまう。
「はぁ……」
 再び溜息をつき、ベッドに横たわる。
 同じ部隊の先輩の1人であるニコルからは『その、すぐ溜息をつく癖は直した方がいいよ』と言われてはいるが、物事をマイナス方向へ考える傾向が強いマナミには、それが中々難しい。
 一体、自分は何をやっているのだろう。望みもしないのに『能力』を与えられ、望みもしないのに『第13独立実験部隊』に編入され、望みもしないのに『新型MSの試験運用』を命じられ、こうしてここにいる自分。
 原因は分かっている。
 自分の意見をはっきりと言わず、周囲に流されているからこうなるのだ。
(分かってる……分かってるよ。そんな事くらい……)
 だが、仕方が無いではないか。自分には生まれた時から選択の余地など無かった。先天的に強化人間となってしまった自分にはどうしようもなかったのだ。
 ドアが開き、ステラが戻って来る。慌てて上体を起こしたマナミは、彼女の手に2つの密閉式コップが握られている事に気付いた。
 ステラが、その片方を差し出す。
「……え?
 あたしに?」
 思わず、自分を指差すマナミ。
 ステラが差し出した姿勢のまま動かないので、仕方なくカップを受け取る。
「あ、ありがとうございます……いただきます」
 備え付けのストローを差し込み、中の飲料物を口に含んだ。
 口内に温かい甘味が広がる。
(あ、ホットミルク……)
 てっきり、いつもステラが飲んでいるブラックコーヒーかと思ったのだが、体調の優れないマナミに刺激物を与える事を避けたのだろう。
(珍しい事もあるんだ……)
 同じ部隊内でも敬遠されがちな彼女がこのような気遣いを示してくれるというのは、大変に希少な現象である。明日は宇宙に嵐でも起こるのかと、恩知らずな事を考えてしまう。
 何か話すべきなのかと思いながらも、結局マナミは黙ってホットミルクを口に流し込む。
 ステラと2人だけの時間は、いつも話題探しに苦労している。多くの場合、永遠にも感じられる沈黙に支配され、その支配から解放されるためにマナミの方が何か手を打たなくてはならないのだが、当たり障りのない話題を出しても、沈黙の支配を甘受しているステラは適当に相槌を打つだけで、マナミが一方的に喋っているようにしか見えない場合が多い。しかし、顔立ちはまるで違うが、どこか姉と似ているステラと一緒にいる事は、苦労こそ多いが苦痛を感じた事はない。
(えーと……最近、何か変わった事って無かったっけ……)
 ストローに口を付けたまま、あれこれを悩む後輩の姿を一瞥してから、視線を再びスクリーンに戻す。そこには、無数の星々が自分の存在を他者に知らしめるために精一杯の輝きを放っている。何気なくその輝きを見つめるステラの横顔を、マナミも何気なく見つめていた。
 
 
 
―――――to be continue

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