第1話
問題児達の現状認識 SIGHT―1」

 
 無限の闇と光点の海。
 人間という体毛の薄い猿共が地上に誕生してどれほどの時が流れたのだろう。しかし、それすらもこの海が存在していた時間に比べれば微々たるものだ。
 そんな海――宇宙空間の中にあって、自らの存在を強調するかのように赤茶けた光を放つ惑星がある。
 火星。
 宇宙世紀0093年に勃発した『3月戦争』によって地球が壊滅し、ネオ・ジオン政権の指導下で火星開拓を推し進めてきた人類だが、それから25年が経過した0118年の現在。火星圏では火星に住む人々に自治権を与えようとする陣営と地球と歩みを同じくすべきだと主張する陣営とで争いが起こり、ネオ・ジオン軍が2派に分裂してしまっていた。
 そんな人々の、いつの時代にも繰り返されてきた諍いを他所に、今日も火星は燃えるような色の地肌を無限の暗い海に晒していた。
 その赤い輝きを、マナミ・ササミヤ伍長は見つめている。彼女が身に着けているノーマルスーツ(宇宙服)は火星の光に染まったかのように赤い。気弱な瞳も些細な理由で伸ばしている黒髪も、今は赤いノーマルスーツに包まれていて窺えない。
 彼女と真空無音の宇宙を人型機動兵器の装甲が隔てている。
 ミノフスキー粒子によってレーダーや長距離通信が無力化され、前時代的な有視界戦闘を強要された世界で革命を起こした人型機動兵器――モビルスーツ。
 最新型MS(モビルスーツ)であるキュベレイMk―X。胸部ハッチの内部にあるマルチモニターに囲まれた球状のコクピット、その中心にアームで固定されたパイロットシートに彼女は座っていた。
 キュベレイを人型機動兵器と呼称するのは、厳密に言うと語弊がある。その灰色のMSはどちらかと言えば『文鳥が人の姿を模倣しようと努力した成れ果て』という表現が似合うからだ。
(文鳥……せめて鷹とか白鳥とか)
 己の愛機に付けられてしまった2つ名『文鳥』について、胸中で不満を述べるのはこれで何度目になるのか。もっとも、灰色のMSに『白鳥』という呼称が適しているかどうかは、彼女自身も考慮すべきだろう。
 サイコ・コミュニケーターシステム(脳波感応兵器)を使用した最新型のMSのはずだが、これではマスコットではないか。先輩方に不満を洩らしても『似合ってるし、いいじゃないか』と朗らかに返され、うっかり納得しかけた自分が腹立たしい。
 たった1つだけ文鳥ではない部位……それはクチバシに似た頭部の先端にある3つの瞳。このトリプルアイから『3つ目』と呼ばれる事もある。
 その『文鳥』もしくは『3つ目』は宇宙空間を浮遊する残骸――いつかの戦闘で破壊された艦艇の破片――にMSのマニュピレーター(手)を当て、トリプルアイがせわしなく動いて周囲を見渡していた。3つの瞳が個々に動く度、マナミのいるコクピットに情報が転送されていく。とはいっても映し出されるのは何も無い空間、赤茶けた惑星、光量の調整された太陽ぐらいなものだ。
「どこに行ったんだろ……」
 途方に暮れたように呟くマナミ。シートに固定された体を揺すり動かすが、この動作には特に意味は無い。マナミの癖の1つで、彼女は1つの席に落ち着いて座るという事が出来ず、このようにモゾモゾと体を動かす事がある。幼い頃は、それでよく姉に注意されたものだ。
 光学センサーと熱感知センサーを併用しているものの、彼女が探すものは未だ見つからない。ミノフスキー粒子の発明によって、レーダー等の電子機器による索敵や電波通信が無力化されてしまったこの時代。平時はまだしも、いざ戦闘が始まるとその弊害は凄まじく、相手を見つけるには光学と熱探知に頼るしかない。これが地上であれば音響による索敵も可能だが、真空の宇宙ではそれも望めない。
 無論、そのような世界であるからMSのような兵器が有効なので、不満を洩らしても仕方ない。
 光学センサーが警報を鳴らす。何かがマナミのキュベレイに接近してきたようだ。
「……!」
 慌ててセンサーの捕らえた映像に視線を走らせると、強い光に思わず目を細める。
 映像に映っていたのは太陽だった。
 光量が調整されているために眼球を傷める危険はないが、膨大な光と熱の塊はセンサーを狂わせる。その灼熱の円に黒い影が映ったかと思うと、その影が人の形を成す。MSだ。
 キュベレイMk―Xは通常のMSに比べて索敵機器が強化されていたが、太陽を利用されたために易々と接近を許してしまったのだ。
「あ……!」
 その影の正体がMSであるとマナミが理解した瞬間、ロックオン警報がコクピット内に鳴り響く。
 マナミの思考が回転し、次に取るべき行動を選択する。だが、有効な選択肢を導く前に迫る影から細い光の線が放たれた。
「……ひ!」
 右腕に触れる寸前の距離を通り過ぎていく光に慄いて瞬間的に甲高い声を洩らし、マナミはキュベレイを後退させる。
 文鳥の羽にも似た、肩を覆う大型バインダーから伸びたブースターが光を煌かせ、灰色のMSは残骸から離れる。
 逃げの一手に回るキュベレイを追うのは、火星の表面と同色のMS。無骨な外観、頭部に灯る単眼。神話に登場する1つ目の巨人を彷彿とさせるネオ・ジオン軍の主力MS『デミック』である。文鳥もどきのキュベレイよりも人間に近く、背部に取り付けられているバックパックの両側に試験運用の大型アクティブブースターを装備している。
 キュベレイの推進力は通常装備のデミックを上回るものの、新規開発されたばかりのアクティブブースターには及ぶはずもなく、両者の距離は次第に縮まっていく。
 デミックがその手に持っているビームライフルの銃口をキュベレイに向けた。
 煩わしいロックオン警報に顔をしかめながら、マナミは機体各所のアポジモーターを調整して姿勢を変えつつ回避運動を取る。ビームライフルから放たれたメガ粒子の塊である光芒が線を成し、キュベレイを貫こうと躍進するが、2射目も何も無い闇を切り裂いた。
 だが、デミックは諦めずに3射目、4射目のビームを放ってキュベレイを追い詰める。
 火線が走る度にキュベレイが迷走して両者の軌道が蛇行を描く。その光景は戦闘というよりも狩猟に近い。差し詰め逃げ回る文鳥を水鉄砲で追いかける子供といったところか。だが、その水鉄砲には鋼鉄をも一瞬で蒸発させる威力が備わっているのだ。
 反撃の機会を窺うマナミだが、最初に逃走に徹してしまった時点で既にそんな機会は失われている。
「あ……」
 ロックオン警報に代わり、被弾警報が流れた。
 コンピューターからキュベレイの左脚にビームが命中したので、回路を遮断するというメッセージが届く。
 どうにか一矢報いようと、背部に装備された2門のアクティブキャノンを可動させる。
 本来は頭部を挟み込むように砲口が前方を向くビーム砲なのだが、この時は僅かに角度を上げて砲口を直接デミックへ向けた。まともな狙いなど付けられないが、撃つだけなら可能だ。
 アクティブキャノンからいくつもの細いビーム光が一斉に放たれた。通常は収束させて発射するメガ粒子を拡散させ、光のシャワーを生み出す。威力が低いのが欠点だが、『面』に対する攻撃なので咄嗟の迎撃には誂え向きと言える。
 だが、デミックは左腕に装備された盾を前面に構えてコクピットを守り、右手に持ったビームライフルで3連射を行った。
 マナミが放った拡散ビームはデミックを傷付けはしたものの、アンチビームコーティングが施された盾のお蔭で致命傷には至らず、逆にデミックが放ったビーム弾がキュベレイに命中する。直撃だった。
 コクピットに赤い光が灯り、手元のパネルに撃墜判定が表示される。マナミは機体を静止させると、溜息をついてシートにもたれ掛かった。
 直撃を受けたにも関わらず、彼女は無事だった。それどころか被弾警報があった左脚も無傷である。
 先ほどから執拗に追いかけていたアクティブブースター装備のデミックが、灰色の文鳥の傍らに静止する。
 デミックが左腕を伸ばし、キュベレイの肩を覆っているバインダーに触れた。接触回線と呼ばれる通信手段だ。
『どうだよ? この新装備のブースター。凄いスピードだったろ。これなら新型だって目じゃないぜ!』
 通信機から興奮気味な声が聞こえてくる。ちなみに乱暴な言葉遣いだが、声の主は女性である。しかも16歳の少女だったりする。
『これであのエース気取りの根暗女にも、ひと泡吹かせてやれるな』 
「アスハ軍曹。ルーシェ少尉は別に気取っているわけじゃ……」
 自身が所属している『ネオ・ジオン火星方面軍第13独立実験部隊』の先輩であるカガリ・ユラ・アスハの言い方に、さすがにフォローを入れるマナミ。
 彼女らが行っていたのは実戦ではなく、実戦を想定した模擬戦である。両者のMSから放たれたビームも、実際には発射されていない。コクピットの映像に擬似的に表示されていただけなのだ。
『いーや! あの女、いつだってスカした態度でこっちを見下してるに決まってる! しかし今に見てろ、真のエースが誰なのか。今度こそ……』
 何度目かになるカガリの《今度こそ》発言にマナミが苦笑していると、赤いデミックがもう1機現れた。武装はしておらず、丸坊主の頭部に角が付いている。
『2人とも、私語はそこまでだ』
 精悍そうな若者の声が生真面目に注意を促す。反射的に口を噤んだマナミだが、今一方は悪びれた様子もなく不平を唱える。
『ザラ隊長、出来ればあの女と模擬戦したいんだが』
『ガイアは調整中だ。予備機のデミックも今は動かせない。また今度にするんだな』
 角付きのデミックに搭乗している18歳の実験部隊隊長、アスラン・ザラ少尉は冷淡に応じる。ふと、彼の機体が頭部の単眼をキュベレイに向けた。
『ササミヤ伍長。アスハ軍曹に発見された時の対応だが、まずは傍にあった残骸を盾代わりにするのが1番安全だ。残骸の陰からサイコミュ兵器を放っても良かった』
「は、はい……すみません」
 またカガリが最初に行った、太陽を背にして相手に接近する手段にも今後は注意するようにと言われた。熱と光の塊である太陽を利用されると、どうしても発見が遅れてしまい、その遅れが戦場では命取りとなるのだ。
 だが、この戦法を使う側にとっては相手と太陽を結ぶポイントを見極めなくてはならず、それをやってのけた辺り、カガリの戦闘センスには非凡なものがある。
『慌てて逃げ出すなんて、いい的だぜー?』
 小馬鹿にするようにカガリが語尾の音を上げる。すると今度は注意の矛先が彼女に向けられた。
『おまえも浮かれるな。太陽を背にする戦法は確かに有効だが、それだけに熟練者には読まれ易い。あまり過信するなよ』
『へいへい。わーったよ』
 とりあえずは聞き入れたようだが、あからさまに不服そうな態度を声に表す。普通なら厳重に注意されるところが、アスランはそれをせず、代わりに冷めた口調で言い放った。
『言っておくが、ルーシェ少尉には通じなかっただろうな。太陽に向けてライフルを3連射。それで終わっただろう。おまえの惨敗だ』
『ぐ……!』
 カガリが押し黙る。息が詰まらせる音と共に殺気に近いものが通信機から伝わってきているように思えたのは、マナミの錯覚だろうか。
 アスランが血の気の多いカガリの言動をこうして押さえ込む術に長けている点には、いつもながらマナミは感心する。部下の性格をよく把握している辺りはさすが隊長といったところであろう。
『そもそも訓練だったから考慮に入れなかったが、ササミヤ伍長のキュベレイにはIフィールドが装備されている。実戦ならそれがビームを防いでいただろう』
 電荷を与えたミノフスキー粒子を周囲に発生させる事によって形成できる対ビームバリア。それがIフィールドバリアであり、マナミのキュベレイMk―Xの腕部にはその発生装置が取り付けられている。だが、試験運用段階なので安定性を欠くため、模擬戦の際には考慮に入れない事にしているのだ。不安定なバリアは2次的なものとし、あくまで回避を念頭に置いた戦い方の訓練が行われている。
『そういう場合は実弾で攻撃するか、接近戦を仕掛けるかにしておけ。敵MSの情報が分かっているなら、それを頭に入れて戦うんだ』
『そんな悠長な事なんかやってられるか! 頭より手を動かせって言ってるのは隊長だろうが』
 カガリの抗議に一瞬だけ時間が停止する。
 しばらくして、何かを思い出したようなアスランの声が聞こえた。
『そんな事を言った覚えはないぞ。口より手を動かせと言った記憶はあるけどな。それもおまえが整備中にお喋りして作業が進まない時に言ったんだが』
『へーへー、すいませんねぇ。不良軍人で』
 通信機越しには分からないが、ふて腐れてシートに踏ん反り返るカガリの姿が、マナミの脳裏に明確な映像となって浮かび上がった。カガリとは部屋が同じなので、そういった予測は容易だ。
『そこまで言ってないが、自覚があるなら少しは改善する努力をするんだな。さて、戻るぞ。2人とも』
 不毛な(少なくともアスランとマナミにとっての)やり取りを切り上げ、帰艦を促す。通信機の向こう側ではカガリがまだ不平を鳴らしていたが、いつもの事なので無視された。
 
 
 
『ところで、その試作品はどうなんだ?』
 3機で編隊を組み、巡航速度で漆黒の海を進む単眼の巨人と灰色の3つ目文鳥。
 マナミが編隊を乱さないように速度の調整に苦心している時、通信機からアスランの声が聞こえてきた。だが、自分に向けられたものではないようだ。
『いいねぇ、気に入った。このブースターなら通常の3倍のスピードも夢じゃない』
「……3倍?」
 嬉しそうに語るカガリの言葉に、奇妙な単語を聞き取った。
『何だよマナミ。通常の3倍っていったらシャア・アズナブルに決まってるだろ?』
「は、はぁ……」
 ネオ・ジオン創設者の名を出され、思わず歯切れの悪い返事をしてしまう。
『なんだぁ? まさか知らないわけじゃないよな?』
「知ってますよ……」
 鼻で笑うようなカガリの言い方に、多少むくれながら答えるマナミ。
『本当か? ならルウム戦役でシャア・アズナブルが墜とした戦艦の数は?』
「5隻でしょう?」
 後輩をからかって遊ぼうとしたカガリだが、あっさりと正解を言われてしまい、外すか答えられないだろうと予想して用意していた軽口が喉の奥に押し戻され、口だけが虚しく動いただけだった。マナミやアスランは知る由も無いが、傍から見ると陸に打ち上げられた魚である。
『カガリ、今の問題はいくらなんでもマナミを馬鹿にし過ぎだと思うぞ?』
 苦笑混じりにアスラン。リラックスしているのか、ファーストネームで呼んでいる。
『ルウム戦役の話は有名だろ。それよりも、3月戦争でシャア総帥が地球に落とした隕石の名前は?』
『そんなの簡単だ。アクシズ』
 カガリは自信たっぷり即答した。しかし、それは早まった行為であるかもしれない。
『50点だ。もう1つは?』
『え、もう1つ……?』
 固まったようにカガリの台詞が途切れる。実際に固まっているのだろう。
『知らないとは言わせないぞ? シャア総帥が地球に落とした隕石は2つだ。マナミ、分かるか?』
 答えに詰まったカガリに変わり、アスランはマナミを指名する。予め頭の中で答えを出していたので、今度もすんなりと答えられた。
「えっと、フィフス・ルナです」
『正解。地球を寒冷化するには、フィフス・ルナとアクシズの2つの隕石を落とす必要があったわけだ。分かったか、カガリ・ユラ・アスハ軍曹?』
 まるきり教師口調のアスラン。当の軍曹殿は忌々しげに舌打ちした。
『チ……俺が答えようとしたら隊長がマナミに振ったんだろうが』
『そいつは残念だったな。もっと早く思い出せば考課表に反映する事も考えたんだが……』
 マナミからは、アスランがカガリの反応を楽しんでいるようにも見えた。いや、実際そうなのだろう。
 カガリが悔しげに呻くのが通信機越しに聞こえる。後で八つ当たりされるのが自分かと思うと、気が重くなってしまう。あまり彼女の神経を逆撫でしないでほしいものだが。
『フェニキアが見えてきたぞ。総員、着艦準備』
『ちぇ、後で覚えてろ……』
 呪詛を聞き流し、マナミとアスランは前方に映った影を見据える。
 遠目には、それは翼を広げた赤いコンドルのように見えた。しかし、距離を詰めるにつれて徐々に大きさを増していく。
 全長160メートル。MSの10倍以上の巨体を有する鉄の塊。
 かつて人が地球という惑星の表面にしがみ付いて暮らしていた時代。地表の七割を占める海を、船によって行き来する事で外国との交易を行い、経済や技術を発達させた。
 地球が、人類が住まう機能を失った現在、船とは水の上を進むものではなく、無限の宇宙空間を往く存在である。だが、その赤い船は交易を目的とされて建造されたわけではない。それは随所に設置された砲台やミサイル発射管を見れば一目瞭然だ。
 ネオ・ジオン火星方面軍第13独立実験部隊の旗艦たるムサカ級軽巡洋艦『フェニキア』。クチバシのような船首に両舷の、広げた翼にも見える放熱フィン。それらがムサカ級を赤いコンドルを誤認させたのだ。無論、距離が離れており、ここが真空の宇宙空間である事を忘れていれば、である。
 先頭を行くアスランのデミックが緩やかな軌道を描いてフェニキアの背後に回る。カガリもマナミもそれに従ってMSの進行方向を変えた。
 フェニキアの背面のハッチが開く。滑走路から光の線――ガイドビーコンが照射され、帰宅する遊蕩児達を向かい入れる。
 無駄の無い動作で甲板に降り立つアスランのデミック。ミリタリースクールでも上位の成績を収めただけの事はあり、訓練指南書に写真を載せても良いだろう。続いて赤い装甲に接地したのはカガリのデミック。やや乱暴な着艦動作には彼女の荒削りな性格が表れている。
 手元のパネルを慎重に操作し、キュベレイを降下させるマナミ。母艦との相対速度を合わせ、ガイドビーコンに従って甲板に迫る。何度やってもこの瞬間は緊張するものだ。
「あ……!」
 少女が己のミスに気付いた瞬間、急な衝撃がシートを揺さ振る。着艦の際に勢いを付け過ぎたようだ。とはいえ致命的なミスではなく、どうにか帰艦を果たした。
 溜息をついてシートにもたれるマナミにアスランの凛とした声が届く。
『もう少し力を抜け。無事に任務を果たしても着艦ミスで死んだりしたら、間抜け過ぎるからな』
「はい、すみません……」
 顔が見えていないのに頭を下げるマナミ。外からそれが見えていたら、その可笑しさに皆は笑うだろう。
 MSの昇降リフトがアスランのデミックを乗せて降下していく。
『へ、優等生ぶってよー……左遷されたくせに』
 カガリが口の端に上らせた言葉で、一瞬だけ時が止まった。
『……何か言ったかな? アスハ軍曹』
 まるで地獄から蘇った魔物の唸り声のような、アスランの恐ろしげな声。マナミは背筋に鳥肌が立つのを感じる。
 彼の父親は火星方面軍内部に確固たる地位を気付いた軍官僚。
 アスラン自身の能力と父親の影響力が加わってエリート候補生となり、当人も若いなりに野心を持っていた。しかし、重大な責任は他人に押し付けたがる――いわゆる小心者としての一面があるため、今ひとつ野心も空回りしてしまい、本人もその事にはコンプレックスを抱いているようだ。
 そんな彼、アスラン・ザラ少尉は軍に入隊直後、大失態を犯したために半ば左遷される形で第13独立実験部隊へ配属されたという。その彼の前で《左遷》という単語は禁句となっている。
『い、いえ! 何でもありません、隊長殿!』
 カガリにもアスランの殺気が伝わったのか、慌てたように取り繕う。自分にとばっちりが来ない事を祈りながら、マナミはカガリのデミックの背中を眺めた。
 カガリの実家は名家らしいが、父親と仲違いして家出をしてしまい、半ば転がり込むように軍に入隊したそうだ。名家の婦女子といえば清楚な美少女を思い描いてしまうが、カガリにそれは当てはまらない。むしろ、経歴を詐称しているのではないかという疑念さえ生じる程だ。
 MSの操縦にはそれなりのセンスを持つが、短気で直情的な性格のために周囲の環境に馴染めず、各部隊をたらい回しにされた挙句にこの第13独立実験部隊に配属された。元来より『問題児集団』だの『落第生の集まり』だのと陰口を叩かれているこの部隊に、彼女はそれなりに馴染んでいるように思える。
(あたしは……どうなんだろ?)
 ふと自分を省みるマナミは、赤いパイロットスーツに包まれた自分の体を見下ろした。
 彼女は2ヶ月ほど前にこの部隊に配属されたばかりの新人である。
 引っ込み思案でいつも周囲に流されてしまう彼女だが、ネオ・ジオン軍の下士官だ。僅か13歳の少女が何故、下士官になどなれたのか。それは彼女自身の特殊な生い立ちに関係している。
 キュベレイを昇降リフトの上に載せるとコクピットに振動がかかり、景色が下がっていく。
 下りた先の格納庫ではハンガーに他のMSが固定されていた。そのほとんどが赤い単眼のMSデミックであり、灰色のMSに乗っているマナミは何となく自分が場違いな空間にいるように感じ、またシートの上でモゾモゾと体を動かした。
 
 

 シャア・アズナブル。
 ネオ・ジオン創設以前、旧ジオン公国軍に在籍していた。
 宇宙世紀007年の1年戦争では会戦当初の1月15日に行われた『ルウム戦役』でMSザクを駆り、五隻の地球連邦軍所属戦艦を撃沈。その際、通常のザクの3倍近いスピードで戦場を駆け回ったため、『赤い彗星』の異名を奉られる。何故『赤』なのかといえば、彼のザクはパーソナルカラーとして赤く塗装されていたからである。
 つまりカガリが言いたいのは、ザクに似ていて、赤が基調のデミックをアクティブブースターで速度の強化を図れば、まさしく赤い彗星の再現になるという事だ。それはともかく、そのルウム戦役においてシャア・アズナブルは19歳という若さで少佐へと昇進する。
 10月6日に宇宙攻撃軍から突撃機動軍へと編入され、その中核であったマッド・アングラー隊の司令官となった。この時、既に大佐になっている。
 実はこの編入は罷免とも言われ、彼は当時ジオン公国を支配していたザビ家の末子ガルマ・ザビ大佐を戦場で守りきれずに戦死させてしまった、その責任を取らされたらしいのだ。
 宇宙世紀0080年の始まりと共に彼は行方不明となる。その際、終戦直前まで行われていた宇宙要塞ア・バオア・クーでの戦いのどさくさでザビ家長女キシリア・ザビが死亡するが、これは後にシャアが殺害したのでないかという憶測が一部で流れた。
 彼、シャア・アズナブルの本当の名はキャスバル・レム・ダイクン。
 かつてコロニー独立運動を主導し、ジオン共和国を設立させたジオン・ダイクンの実子である。詳細は不明だが、ジオン・ダイクンは当時協力関係にあったはずのザビ家によって暗殺され、ジオン共和国はザビ家独裁支配の下、公国制となった。
 キャスバルはシャアと名を変え、ジオン軍に入ってザビ家に近付くべく栄達を重ね、父の仇討ちを行ったのではないか、というのが憶測の中身だ。ガルマ・ザビの戦死も、実はシャアの謀殺であるとも言われている。
 1年戦争終結から7年後。宇宙世紀0087年。
 地球連邦軍内部には旧ジオン軍残党狩りを目的とする組織『ティターンズ』が宇宙移民者(スペースノイド)に対して弾圧を繰り返していた。
 サイド1の30バンチコロニーにティターンズが毒ガスを注入し、住民を全員虐殺した『30バンチ事件』を切っ掛けに反地球連邦運動A.E.U.G――エゥーゴの活動が活性化する。そのエゥーゴの中にクワトロ・バジーナ大尉という、若きMS部隊の隊長がいたのだが、この人物こそシャア・アズナブルであった。
 同年8月17日に、エゥーゴの指導者であったブレックス・フォーラー准将が暗殺されてしまう。クワトロ・バジーナ大尉はシャア・アズナブルとしてエゥーゴの指揮を執る事となった。11月16日にダカールで開かれた連邦議会を占拠。全世界にティターンズの実体を告発して自らの正当性を訴えたという話は有名である。
 その後、宇宙世紀0088年2月22日に繰り広げられたエゥーゴとティターンズ、そして小惑星アクシズを拠点としたジオン残党軍の3つ巴の激戦の最中に消息を絶つ。
 それから数年の間、シャアは歴史の表舞台から姿を消すが、0092年末、再び表舞台に立ち戻った彼はネオ・ジオンを結成してスペースコロニー『スウィートウォーター』を占拠する。
 翌0093年2月27日。ネオ・ジオン総帥であるシャア・アズナブルはインタビュー番組内で地球連邦政府に対し、事実上の宣戦布告を行った。
 そして後に『3月戦争』と呼ばれる戦いが開始される。
 3月4日。ネオ・ジオン艦隊によって軌道を変更された小惑星フィフス・ルナが連邦本部のあるラサに落下し、壊滅的なダメージを与えた。
 3月12日。次にネオ・ジオン艦隊は小惑星アクシズを地球に落下させ、これが致命傷となり、爆発によって舞い上げられた大量の塵が分厚い雲となって地表を覆い尽くしたため、地球は寒冷化して人間の住める環境ではなくなってしまったのだ。
 その後、地球連邦は力を失い、混乱した宇宙はシャア指導の下にまとめられ、ネオ・ジオン政権を樹立させる。
 宇宙世紀0093年10月に火星への移住計画が立案され、翌年には実行に移される。
 それから20年以上経過して現在に至るわけだが、決して順調だったわけではない。
 シャア・アズナブルは政権が樹立してちょうど一年後、サイド4へシャトルで移動中に事故死してしまった。彼は自身で強大な権力を振るうような事はせず、彼自身の信頼を受けた政治家達と共に政治基盤を築いていたので、彼が亡くなった事でネオ・ジオンが分裂する事態には至らなかった。無論、彼の死に異を唱える者は後を絶たなかったが……。
(謀殺説。病死説。自殺説……実は生きてるなんていう説まで)
 画面に表示されているそれらの説をひと通り流し読み、マナミは椅子の背もたれに寄りかかって両腕を上に伸ばす。
「んー……!」
 彼女がいるのはフェニキアの居住区にある自室。人工重力が発生しているので、長時間同じ姿勢を維持するのは無重力空間よりも辛い事である。 
 腕を伸ばしながら首を捻る。強張った筋肉を解して気を取り直し、デスク上の端末に視線を戻した。
「……はぁ」
 溜息と共に、糸が切れたマリオネットのように腕を垂れ下げる。
 機体整備やデータの提出を終え、休息を命じられて部屋に戻ってきたのは良いがやる事がなく、読みかけの本も携帯ゲーム機も手に付かないとあって、何となくアスランやカガリとの会話に出てきたシャア・アズナブルについて調べていたのだ。
 ディスプレイに映っているシャアの写真を見やる。精悍な顔立ち。意志の強そうな鋭い輝きを放つ碧眼。金色の髪は彼の存在感を強調しているような印象を受ける。黒髪黒目の自分を卑下しているわけではないが、『シャア・アズナブルとはこういう人物だ』と言われれば、深く頷いてしまう説得力のようなものがあった。
「貫禄っていうのかなぁ……こういうの」
 端末の横に置いた密閉型カップを手に取り、ストローからスポーツ飲料を吸い込む。
 スペースノイド独立運動の指導者たるジオン・ダイクン。その息子であるキャスバル・レム・ダイクンことシャア・アズナブル。彼もまたスペースノイドの、そして戦争によって生み出された宇宙難民を救済するための政治を確立すべく、自ら戦場に立った。戦う必要性を唱えた人間が陣頭に立ち、それがかつて『赤い彗星』と呼ばれたエースパイロットである事……当時のネオ・ジオン兵達の士気はさぞや高ぶったであろう。
 だが、現在の情勢が彼の目指していたものと果たして合致するのか。
 火星開拓が始まって間もなく、地球圏のネオ・ジオン政府が火星の開拓事業に、様々な名目で税金をかけるようになった。戦後の処理で莫大な費用を必要とした政府としては、他に有効な方法が見出せなかったのだろうが、開拓を推し進めていた最初の火星移民者達にそれを歓迎する理由などない。
『自分達は汗水垂らして働いているというのに、地球に居座っている連中が何をふざけた事を……』
 不満を言葉にすれば、そのようになるだろう。
 最初は開拓者達の抗議運動とサボタージュで始まったこの衝突は、やがて火星独立運動へと発展し、火星基地や周辺コロニー、資源衛星基地等に駐留していた軍隊が2派に分裂する事態へと至った。
 元々、火星圏に駐留しているネオ・ジオン軍には移民者も含まれている。そのため開拓者の主張に対するシンパシーは強く、軍内部が『火星派』と『地球派』に色分けされるまでに、さして時間は掛からなかった。とはいえ、実際に火星独立運動へ参加している軍はあくまでも全体の一部に過ぎない。時間の経過と共に増えつつあるが、火星派と地球派では未だに後者の勢力比が大きい。
 そして宇宙世紀0118年の現在。マナミ・ササミヤという13歳の婦人下士官は、ネオ・ジオン軍『火星派』の中にいる。さて、シャア・アズナブルが現世に蘇ったとしたら、この現状を見てどう思うのだろうか。
「ふぅ……」
 ひと息ついて、マナミはディスプレイの電源を落とした。
 今の境遇に不満が無いわけではない。どちらかといえば気の小さい彼女が戦闘行為に向いているはずもなく、つい先日も戦闘によって犠牲になった人間の遺体を正視できなかった。
「………」
 その光景を思い起こしてしまい、マナミは心臓が冷気で鷲掴みにされるような感覚を覚える。頭を振って嫌な記憶を追い出し、椅子から腰を上げて背伸びをした。
「仕方ない……んだよね?」
 天井を見上げて誰にともなく、言い訳がましく呟く。
 両親は無く、ある施設で姉と共に育ったマナミ。
 彼女が9歳の時、その施設が何者かによって破壊されてしまい、姉と離れ離れになってしまった。生き別れなのか死別なのか分からないまま、マナミは僅かな生き残りと共にネオ・ジオン軍の火星派に拾われる。
(お姉ちゃん……)
 姉の生死を確認できなかった妹の心には、微かな希望と大きな不安が残された。
 胸元に手をやる。その服の下、肌に直接身に着けるようにしているロケットの硬い感触。
「……う!」
 こめかみに鋭い痛みが走る。昔の記憶を呼び起こそうとするといつもこうなってしまう。頭痛を抱え、マナミは深呼吸して思い出そうとした事柄を意識から追い出す。すると、すぐに痛みは引いていった。
 元々、マナミが育った施設は強化人間と呼ばれる特殊な能力を持った兵士を育成するための施設であり、マナミ自身を含めて生き残った者達は残らず軍に編入された。その代償が『通常の兵士よりも高い階級が与えられる』というのは相応な事なのか、マナミには分からない。昔からネオ・ジオン軍にはそういった特殊な能力を持った兵士を特別扱いする傾向があるようだ。
 1番能力が低かった彼女は仲間の間で最も低い伍長の階級を与えられ、問題児の集まりと言われる第13独立実験部隊へと配属された。
 軍服も板に付かず、緊張という金網で全身を拘束されたマナミ・ササミヤ伍長がこの実験部隊にやってきた時、大半の者は首を傾げたり眉をひそめたりした。13歳の子供が伍長という階級を引っ提げてやってきたのだから、それが気に入らないと感じる者は多かったし、いよいよこの部隊は託児所と化したと嘆く者もいた。強化人間である彼女を避けたがる者もいたが、それも仕方が無いといえば仕方が無い。しかし、従来から外れ者達の集まりであったこの部隊内において、現在のマナミはすっかり馴染んでしまっていた。その点に関しては、彼女と彼女に馴染めない人間との橋渡しを行った者の存在が大きい。
 不意にドアのチャイムが鳴った。
「あ、はい」
 すぐにドアに駆け寄り、通話ボタンを押す。先ほどの頭痛の後遺症が声に出ないように努めた。
『マナミちゃん、僕だよ。ちょっといいかな?』
「はい」
 耳に親しんだ声にドアを開けると、そこには短い薄緑色の髪を行儀良くまとめた少年が立っていた。『良家のお坊ちゃん』という表現が最も的確かもしれない。当然というか、火星派の象徴である赤い軍服を着用している。
「どうかしたんですか? ニコルさん」
「うん、ルーシェ少尉を探してるんだけど、ここには来てないかな?」
 そう言ってニコル・アマルフィ軍曹は室内を軽く見渡す。探している人物の影はなかったので、視線をマナミに戻した。13歳のマナミと17歳のニコルでは身長に差があるため、どうしても見下ろす構図になってしまう。
「はい、来てませんけど……少尉に何か御用でも?」
 首を傾げるマナミ。
 ニコルは耳の裏を人差し指で掻きながら、困ったように眉を寄せる。
「機体整備の件でね。少尉のMSに気になる箇所が見つかったから聞こうと思ったんだけど……」
「それで、どうしてあたしの部屋にいる事になるんですか?」
「いや、ひょっとしたらと思っただけ。それにアスハさんにも用事はあったし……って、彼女もいないんだね」
 改めて室内を見回すニコル。
 マナミの自室は同時にカガリの自室でもある。その証拠に室内には2つのベッドが備えられ、片方だけに私物が乱雑に散らかっていた。そちらがカガリの物だが、その惨状は彼女の性格をそのまま表していると言っても過言ではない。マナミも片付けようとした事は何度もあるが、彼女がそうしようとする度に上官であるアスハ軍曹殿がお怒りになるので、手が付けられないのだ。
「仕方ない。他を当たるか……ごめんね、邪魔しちゃって」
「いえ、暇ですからあたしも探します」
 そう言って部屋を出るニコルを追いかけた。優しげな光を瞳に湛えた少年が振り返り、少女の協力に感謝の意を述べる。
 この艦にやってきたばかりで周囲から孤立しがちだったマナミに、何かと世話を焼いてくれた人間の1人がニコルなのだ。マナミにとって彼は兄のような存在である。
 2人の尋ね人を探すために手分けをしようとしたニコルとマナミだったが、そこへ片割れがやってきた。
「どうしたんだ? 2人とも」
 やや痛んだ金髪は肩口で切られ、女性らしさという要素が排除されている16歳の少女、カガリ・ユラ・アスハ軍曹である。男勝りとは彼女のためにある言葉であろう。
「あれ? アスハさんは今戻るところだった?」
「まぁな。何か用か?」
「ああ、ちょっとね。MSの整備の事でさ……」
 急いでいるのか、早速用件を切り出そうとするニコルに、マナミは声を落として話しかける。
「あのあたし、少尉を探しますね?」
「あ、ごめん。頼むよ」
 軽く手を挙げて、ニコルはカガリに用件を話し出した。それを尻目に、とりあえず心当たりのある場所を当たってみる事にする。
 
 
 
「あ……」
 探していた人物は呆気なく見つかった。
 自室に戻るところだったステラ・ルーシェ少尉の後姿を見つけると、マナミは駆け寄って声を掛ける。
「ステラさ……少尉」
 カガリと同じ金色のショートヘアが振り返った。こちらは癖毛なのか、嵐が到来した海のようだ。澄んだ青い瞳は吸い込まれるようで、それでいて対象を射抜くような眼光を発している。美しく研ぎ澄まされた刃物が擬人化すれば、このような姿になるだろう。
 マナミがこの部隊の雰囲気に馴染めるようになったのは彼女の存在が大きい。
 第13独立実験部隊の中で最も腕が立つと言われるMSパイロット。ニコルと同じ年齢のはずだが、雰囲気がまるで違う。
(温風と冷風の違いかな?)
 どこかベクトルのずれた思考をするマナミ。
 振り返ったステラは特に何を言うわけでもなく、駆け寄るマナミを見下ろしている。基本的に無口な彼女は、必要な時以外自分から話しかけたりはしない。だが、目は口ほどに物を言うとは誰が言った言葉であろうか。マナミを見る青い瞳は用件を言うよう促していた。
「アマルフィ軍曹が探してました。機体の整備で聞きたい事があるって……」
「そう……軍曹は?」
 返ってきたのは可憐な容姿にそぐわない低い声を発するステラ。
「多分、あたしとアスハ軍曹の部屋の前にいると思います……けど」
「分かったわ」
 最低限必要な受け答えのみを残し、ステラはマナミの脇をすり抜けてニコルの元へ向おうとするが、ふと立ち止まって首を回し、後ろをついてこようとするマナミと視線を交錯させた。
 ステラが突然振り返ったので、マナミは軽い驚きと共に足を止める。
「……?」
 物言わぬ瞳にマナミは首を傾げる。
「マナミ……」
「は、はい?」
 階級ではなくファーストネームで呼ばれ、戸惑う。ステラの瞳には先ほどとは違う問い掛けが込められているようだが、マナミには読解できなかった。
「……軍服はどうしたの?」
 問われて、自分の体を見下ろすマナミ。赤い軍服はいつもと変わらず身に着けている。
 ステラの方を見てみる。金髪の、四歳ほど年上の上司も同じ軍服を纏っていた。自分と違うのは身長ともう1つ……。
「………」
 マナミの視点がステラの鎖骨の下方に固定された。次第に惨めな感情が沸いて来るのは何故だろう。神の不公正を呪わずにはいられない。
 ステラの端正な顔に疑念が浮かび上がる。マナミの目からはそれが険しい顔つきに見え、思わず焦ってしまい、それが自我を復活させた。
「す、すみません。えっと、軍服って……?」
 どうしても意味が汲み取れないので、申し訳なさそうな表情で聞き返す。ステラの機嫌を損ねないように苦心しているマナミではあるが、アスランやニコルであれば言葉足らずのステラを咎めた事であろう。
「私の予備の軍服よ」
「あ……!」
 新たにステラが口にした単語で、ようやく彼女が言わんとしている事を理解する。
 以前ステラの部屋を尋ねた時、マナミは彼女の軍服の予備が汚れていたのを見咎め、預かってクリーニングしたのだ。それが預かりっ放しになっていた事を思い出した。
「すみません! もう乾きました……」
「それなら、部屋の前で受け取るわ」
「はい、すみませんでした」
 軽く手を振って背を向け、再び歩き出すステラ・ルーシェ。その背中を見つめながら、マナミも後に続く。
(謝り過ぎかな……)
 先ほどからの自身の言動を思い出し、3度も謝罪を重ねてしまった自分の間抜けさに、恥ずかしさよりも呆れる。
 他人の顔色を窺ってばかりいると、条件反射で謝ってしまう癖がついてしまうようだ。全く、我ながら情けない限りである。


 
 部屋に戻ってクローゼットを漁っていると、マナミが着るには明らかにサイズの大きい軍服が綺麗に畳まれたまま隅に置かれていた。
「これだっけ」
 軍服を持って部屋の外にいたステラに手渡す。
「これで良かったですよね? すみません、渡すの忘れちゃって……」
「……別にいいわ」
 軍服を受け取ったステラは、傍らで傍観していたニコルに向き直る。カガリの姿が見えないのは、先に格納庫の方に行っているのだそうだ。
「軍曹、用件は?」
「格納庫へ移動しながらお話しましょう。実は……」
 2人が話しながら立ち去ったので、マナミは部屋に引っ込んだ。
「ふぅ……」
 軍服の上着を脱いでベッドに仰向けに倒れ込むと、腰近くまで伸びた黒髪がシーツに墨がこぼれたように広がる。
『パイロットスーツを着る際に邪魔になるから切ったらどうだ』
 様々な人間からそのように指摘された。
 隊長のアスランや同室のカガリ、一緒に行動する事が多いステラ、よく面倒を見てくれるニコル、艦長に整備班長、挙句の果てには週間雑誌の占いにまで。
「分かってますよ……そんな事」
 無機質な天井に向かってぼやく。実際、ヘルメットを被るのに長い髪は邪魔になるので、いつも後頭部で結えている。無重力空間でのその作業は思った以上に手間取ったが、今ではすっかり手馴れてしまった。
 カガリやステラ並の長さに切ればそのような手間すら掛からないのだが、些細な理由から切らずにいる。他人が聞いたら呆れるような理由なので、1度も口に上らせた事はない。
 デスクの通信機からアラームが鳴ったので、慌てて起き上がって通話ボタンを押し、返事をした。スピーカーから凛とした声が聞こえてくる。
『ササミヤ伍長か。急で悪いが、格納庫まで来てくれるか? キュベレイの調整をしたいんだが』
「あ、ザラ隊長。了解しました。すぐに行きます」
 通話を終了させると急いで上着を拾い上げ、皺を伸ばす。袖を通して襟を正した。
「これで……いいかな、と」
 確認のため、手鏡で自身の姿をチェックする。あまりみっともない格好をしていくわけにもいかない。
 何となく胸元に手を触れた。そこには自身の体温で温まった硬い感触。いつも肌に直接身に付けている、首から下げられたロケットである。
『ぼおっとしてないで、早く行きなさい』
 懐かしい声が脳裏に甦った。
(お姉ちゃんならそう言うかな……)
 そう考えて苦笑を浮かべた。刹那――。
「……!」
 こめかみに刃物が突き入れられたような鋭い痛みが走り、思わず頭を押さえてその場に蹲った。
 思考を停止させ、懐かしい面影を脳裏から追い出す。
「ダメ……」
 昔の事を思い出してはいけない。
 あの面影を、あの声を記憶の棚から下ろす度に痛みが襲ってくる。
 蹲ったままじっとしていると痛みが徐々に引いてきた。こういった発作は時折起こるが、後遺症等はない。フェニキアの軍医アルコニ・ヨリア大尉によれば、強化人間として薬物投与をされた際の副作用だそうだ。
「ふぅ……」
 立ち上がって頭を振り、もう痛みがしない事を確認した。
 部屋を出て多少急ぎ足で隊長室に向かう。余計な事があったせいで時間がかかってしまったのだ。

 

「ササミヤ伍長。気分はどうだ?」
『……何だか、頭から何か吸い取られてるみたいな感じが……』
 通信機から聞こえるマナミの声に、アスランは傍らのコンソールで画面に見入っている整備兵に視線を投げた。
「数値の方は?」
「サイコミュとの波長に若干のズレが生じているようです。ここらが限界ですね」
 アスランの問いかけに、20代後半の整備兵が画面から目を離さずに答えた。
「よし、ササミヤ伍長。キュベレイから降りていいぞ。ご苦労だった」
『了解』
 ガラス越しに見える灰色のMSの胸部ハッチが開き、赤い軍服を纏った少女がタラップに降り立つ。いや、無重力空間に『降り立つ』という表現は適切ではないだろう。コクピットから出た彼女はそのまま前方の空間を泳ぎ、タラップの手摺りに掴まった。
「とりあえず今回はこのデータをまとめて提出しますけど、この調子だとマクシル社の技術者が直接データを取りに来るかもしれませんよ?」
「芳しくないか?」
「少なくとも、スポンサーが喜ぶデータとは言えないでしょう」
 コンソールのキーボードを操作しながら、整備兵は画面上に表示された数値に眉をしかめる。 
 サイコ・コミュニケーターシステム――通称サイコミュは、通信機器やレーダー等の電子装備を無力化してしまうミノフスキー粒子の影響を受けずに遠隔操作等を可能にする特殊な装置である。しかし、それを扱えるのは一部の特殊な能力を持つ人間に限られた。
「ニュータイプの能力か……昔から研究してきたもののデータが、今更欲しいのか」
「昔から続けられてきた研究だからデータが必要なんでしょう? それと、あの子はニュータイプじゃなくて強化人間ですよ」
 挙げ足を取られ、アスランは眉をひそめて隣を窺う。しかし隣人はその鬱陶しげな視線に気付くわけでもなく、数値との格闘を続けていた。
 ニュータイプ。
 空間認知能力や人間同士の意思伝達能力が非常に優れていると言われる人間の事を示す言葉だ。
 人の革新。人類の新たな進化。そのような謳い文句があったが、現在では『特殊兵器を操り、高い戦闘能力を有する兵士』という認識が軍にも一般にも定着してしまっている。それは新しい技術の多くを軍事に利用する人間の、救いようの無い性であろうか。
 サイコミュを操れるのはニュータイプのみであり、そのニュータイプを人工的に作ったのが強化人間である。
 対象となるのは脳細胞の発育期にある子供達で、多くは身寄りの無い孤児だった。マナミ・ササミヤがどのような身の上だったかは不明だが、ともかくも彼女は強化人間であり、この部隊の中で唯一サイコミュを使用できる。
 強化人間がこの部隊に配属されると知った時、アスランは期待した。『落第生の集まり』である第13独立実験部隊のMS隊の隊長を任されて以来、どうにか功績を立てて軍の主流派に返り咲きたいと考えていた彼だが、その強化人間を部下として上手く使いこなせば、火星派の首脳部も唸らせる功績を上げられるかもしれない……。
 だが現実は非情なもので、配属されたマナミ・ササミヤ伍長という13歳の婦人下士官はこの部隊に配属されるにまことに相応しく、強化人間として落第寸前の能力しか持っていなかったのだ。アスランの期待は呆気なく打ち砕かされたわけである。
「全く、この部隊には能力と人間性が両方優れている人間は配属されないのか?」
 シミュレーションにおけるマナミの被撃墜率を見たアスランは、柄にも無くぼやいたという。
 元よりこの実験部隊は独立愚連隊であり、部隊といっても与えられているのは巡洋艦一隻と必要最低限の運用人員、数機のMSと数名のパイロットという、世にも貧弱な編成なのだ。そのように冷遇されている部隊に、アスランが求めるようなまともな人材が配属されるだろうか。
 しかしそうなると、自分自身も同じなのだろうか? そう思いかけて慌てて頭を振った事も一度ではない。
「データの整理が終わったら隊長室に持ってきてくれ。報告書と一緒に艦長に提出するからな」
 整備兵の返事を待たず、アスランは床を蹴って無重力空間を横切り、格納庫へと通じる扉に向かった。


 
 格納庫内の無重力に身を任せて移動していたマナミは、ふと目に付いたMSの前で床に足をつけて体を停止させる。見上げた先には黒いMS。文鳥のような外観のキュベレイや無骨な印象のデミックと違い、どこか芸術品めいた繊細なフォルムだった。
 キュベレイMk―Xと共にフェニキアに配備されたMSで、機体コード名『GUNDAM・IMITATION・ABILITY』。それを『G・I・A』と省略して『ガイア』と呼ぶ。ステラ・ルーシェ少尉の搭乗機である。
 かつて一年戦争において、シャア・アズナブルと激闘を繰り広げた地球連邦軍パイロット『アムロ・レイ』の搭乗機であったガンダムという名のMS。当時、ジオン軍の主力MSであったザクを100機以上撃墜したとか、12機の新型MS『リックドム』を3分で全滅させたとか、様々な逸話が存在する。連邦側にとっては伝説だが、ジオンにとっては災厄でしかないそのMSの模造品が何故、ネオ・ジオン軍所属の巡洋艦に配備されているのか。おそらくは開発者の趣味だろうが、何かの皮肉とも取れる。
 そのガイアのコクピットハッチが開け放たれ、その周囲にニコルとカガリが漂っている。コクピット内部に誰かがいるようだが、おそらくステラが中で作業を行っているのだろう。
 何となくその光景を眺めていると、背後から肩を叩かれた。
「……あ」
 振り返ると首筋の辺りまで伸ばした藍色の髪を持つ18歳のネオ・ジオン火星方面軍少尉、アスラン・ザラがいた。足が床から僅かに浮いている。
「体調はどうだ?」
 アスランの口調は先ほどまで通信機越しに聞こえていた事務的なものとは違い、多少柔らかい。
「少し頭がぼおっとしてますけど、大丈夫です」
「そうか。それならいいが、念のために後で医務室に行ってヨリア大尉に見てもらえ」
「はい」
 マナミが頷くと、アスランはそれを見届けてから彼女が眺めていたガイアに視線を移す。マナミもそれに倣い、ガイアと3人の先輩方を見た。
「キュベレイ、扱えそうか?」
 ガイアに目を向けたまま、アスランが尋ねてくる。キュベレイやガイアを受け取って以来、何度も訓練や機体の調整を行っている。パーツの多くをデミックと共用しているとはいえ、サイコミュを搭載しているとなると、この艦の人員だけでは手に余るため、自然、機体調整には慎重さが優先されるようになった。整備の度にマナミが駆り出されるのも、パイロットとサイコミュの波長に狂いが無いかどうか、小まめにチェックするためだ。
「はい、何とか使い方は分かってきましたけど……」
「普通のMSとして使う分にはな。しかし今の状態だと、1回の射出で扱えるファンネルの数は2基までってところだ」
 サイコミュからの制御によって脳波コントロールが可能な遠隔操作兵器。それがファンネルである。ミノフスキー粒子によって無線誘導や電磁波の遠隔操作が困難になってしまった宇宙世紀において、そういった弊害と無縁でいられるのがこういった脳波で操れるサイコミュ兵器だ。初期のキュベレイのそれが漏斗状であったため、ファンネルと呼称されるようになった。キュベレイMk―Xの場合はミサイルであるため、ファンネルミサイルとと呼称される。
 そのファンネルミサイルはキュベレイの両肩を覆っているバインダーの裏と背部の菱形コンテナにそれぞれ収納でき、多数のファンネルミサイルを搭載可能だが、現状ではファンネルミサイルの補充が利かず、パイロットのマナミが2基同時に操るのがやっとの状態であるため、キュベレイMk―Xには12基のファンネルミサイルが用意されているのみである。
「やれやれ……扱いに困るMSを押し付けられたもんだな」
 溜息混じりにぼやくアスランの横顔に視線を走らせ、マナミはバツが悪そうに俯く。自分がキュベレイをもう少しきちんと扱えれば、こんなに手間がかかる事もなかったろうか。 
「……すみません」
「いや、おまえが謝る必要は無いさ。むしろブラックボックスの多いMSを押し付けてしまって、すまないと思ってるよ」
 マナミの謝り癖を知っているアスランはガイアを見上げたまま、涼しい口調で応じる。
「いえ、あたしは……」
 先を言おうとしたマナミの台詞は、威勢の良い声に遮られた。 
「何だ何だ? 上司が部下をナンパですか、隊長殿」
 面白がるような口調で言いながら、カガリが2人の所に漂って来る。乱暴だが勢いの良い動作で床に降り立つ彼女は、まるで軽業師のようだ。
「俺はそういう趣味は持ち合わせてない。キュベレイの事でちょっとな」
 呆れながらもカガリの冗談口をあしらう。この部隊で彼女の冗談に付き合うのは調子の良い性格の者と、時折冗談を本気に取ってしまうマナミくらいなものである。
「キュベレイ? ああ、あの文鳥もどきね」
 その物言いに、微妙に顔をしかめたのはマナミだった。自分が乗っているMSを珍獣か何かのように例えられるのは、あまり良い気分ではない。もっとも、アスランの方を見ていたカガリは気付かなかったが。
「使えるのか? あんな胡散臭い機体を、コイツが」
 言葉に倒置法を用いながら、カガリは親指でマナミを指し示す。それに合わせ、アスランも彼女を一瞥した。
「サイコミュに関しては、今は騙し騙し使っていくしかない。実験データを提出して欲しいというのが、マクシル社からの要望なんでな」
 マクシル社とはキュベレイMk―Xとガイアを開発し、火星派に譲渡した企業である。
「スポンサーのご機嫌伺いのために、ちんたらちんたらと実験してるわけか?」
 うんざりしたように肩をすくめるカガリ。自分達が置かれた状況を改めて認識し、辟易したのだろう。
 実験部隊という呼称なのだから、新型や新武装が常に送られてくるのかと思いきや、実際には用途不明のパーツやら実用性があるかどうか判断に困る兵器のテスト運用やら、お零れに預かるような仕事ばかりが回ってくる。時折、今回彼女のデミックに取り付けられたアクティブブースターのようにカガリ自身の嗜好を満足させ得る物もあるにはあるのだが……。
「そう言うな。サイコミュを使える人間がいるだけでも、あのMSを置く意味はある。それよりもガイアの方はどうなってるんだ?」
 何やらガイアがトラブルを起こしているそうだが、先ほどからずっとキュベレイに乗っていたマナミにはどういう状況になっているのは今ひとつ分からない。
「磨耗してたパーツの予備が無かったんで、コイツが乗ってたデミックから拝借した」
 今度はマナミを顎で指し示すカガリ。
 キュベレイが来る前までマナミが搭乗していたデミックは、他にパイロットもいないため、基地に後送する予定だったのだが、今のようにキュベレイとガイアの修理や整備でデミックの部品の消費が増えたため、足りない部品を補う際に使われる事となった。
「ザラ隊長」
 今度はニコルがやってきた。無重力空間で上手に体を制御し、アスランの前に降り立つ。
 敬礼を施し、アスランも返礼する。この辺りは気弱ですぐに尻込みしてしまうマナミや粗雑で傲慢不遜なカガリと違い、上官と部下という関係がしっかりと現れている。
 うっかり敬礼しなかった事に気付き、マナミが自分の不甲斐無さを内心で嘆いているのを他所に、ニコルは用件を切り出した。
「ガイアは稼動できる状態にはなりましたが、ルーシェ少尉からはデータの提出は待ってほしいとの事です」
「まだ問題があるのか?」
「意外とデリケートな作りでして、予防手段を講じておかないと戦闘中に故障を起こす可能性もありますので……」 
「ったく、何が新型だよ。しょっちゅうトラブル起こしやがって……」
 忌々しげにカガリが舌打ちをする。
「新しい機械っていうのは、そういうものさ」
 横合いから口を挟んだカガリに鬱陶しげな視線を向けるアスランに代わってニコルが諭し、話を続けた。
「ルーシェ少尉も、デミックの方が扱い易いとぼやいていましたよ」
「だからと言って配置を戻すわけにもいかないだろう。キュベレイと同じ、データの提出を命じられてるからな」
「なら、俺にパイロットをやらせろ! エース殿もデミックの方がいいって言ってるんだろ?」
 エースという単語に皮肉を込めて、カガリがアスランに詰め寄る。新しい玩具を欲しがるような彼女の態度に、ニコルが呆れたように肩をすくめた。
「システムやコクピットの調整はルーシェ少尉に合わせてある。今更変えるわけにはいかないし、1番腕の良いパイロットが新型を操縦するのは当然だろ?」
 アスランが発した言葉の中で、『1番腕の良い』という部分に反応し、カガリの眉が吊り上がった。負けん気の強い彼女が沸騰した感情を発露する前に手で制する。
「文句があるなら、実力で示すんだ。模擬戦でステラに勝てたらガイアをやると言っただろう」
「く……!」
 痛い部分を衝かれ、カガリが呻く。彼女がシミュレーターを使用した模擬戦でステラに敗れたのは、つい最近の話である。 
「なら、コイツはどうなんだよ!」
 アスランの正論によって怒りを発散する機会を奪われたカガリは、その怒りに震えた指先を、今まで蚊帳の外にいたマナミに向けた。
「え……」
 突然、話の渦中に引き摺り込まれ、マナミは困惑する。現在、このフェニキアで最新型のMSを与えられたパイロットはステラとマナミの両名である。
「あのな、アスハ軍曹……おまえがキュベレイを動かしたとして、サイコミュを扱えるのか?」
「そんなもん使わなくったって、普通に動かせればいいだろ!」
 ある意味では正論だが、ほとんど自棄になっている者が言っても説得力は感じられない。
「おまえ……さっき言った事を聞いてなかったのか?」
 マナミがキュベレイに搭乗する理由はサイコミュの運用レポートを提出して欲しいというマクシル社の強い要望があり、さらに性能的には後方支援向きなので、近距離戦闘タイプのカガリには合わないであろう。その事をニコルから宥めるように説明され、カガリは納得し難い表情ではあったものの、とりあえずは溜飲を下げた。
「ふん! まぁいいさ。いつかあの女の鼻を明かして、新型を俺の物にしてやるさ!」
 吐き捨てるように言ってから、カガリは挑戦的な視線をガイアのコクピットに向ける。『しょっちゅうトラブルを起こす』と文句を言う割には、最新型のMSは欲しいようだ。その決意を秘めた背中を、3人の男女がそれぞれの人柄に応じた表情で見守っている。
 暴走気味な部下を、腰に手を当てて疎ましげに睨むアスラン・ザラ少尉。
 暴走気味な同僚を、肩をすくめて呆れたように眺めるニコル・アマルフィ軍曹。
 暴走気味な上官を、眉の両端を下げて困ったように見つめるマナミ・ササミヤ伍長。
 仲間達のそんな視線に気付かないまま、当の本人はどうすればあの金髪のエースパイロットを模擬戦で負かせる事ができるか、独特の構造をした脳をフル回転させて思案を始めていた。
 

―――――to be continue

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