第1話 「問題児達の現状認識 SIGHT―2」


「あれ?」
 胸元に書類の束を抱えて通路を歩いていたメイリン・ホーク伍長は、訝しげに眉をひそめて前方を見据えた。
 赤いショートボブの少女が不機嫌さを内包した表情で歩いてくる。身に着けているのは緑の軍服。ネオ・ジオン地球方面軍のものだ。かくいうメイリンもその軍服を纏っている。
「どうかしたんですか? 姉さん」
 とりあえず、メイリンはその少女――1歳年上の姉、ルナマリア・ホークに声を掛けてみた。
「別に、ちょっとねー」
 妹の呼びかけに足を止め、ルナマリアは口を尖らせながら腰に手を当てる。MSのパイロットを務めており、階級は軍曹。飄々とした性格で、細かい事にはあまり拘らない。悪く言えばいい加減でだらしない。そんな姉には珍しく、何やら胸の内に嵐を抱え込んでいるように見える。つい先日、誕生日を迎えて17歳になったというのに、その日にたまたま任務が入り、予定されていたはずの誕生会が中止になってしまった事を未だに根に持っているのか、あるいは……。
「また他の人と喧嘩したんですか?」
 呆れたように溜息を付くメイリン。姉に対する不敬罪にも等しい妹の態度に、ルナマリアの目つきが険しくなる。不機嫌さで既に険しくなりつつあったのに、これでは整った顔立ち(と自分では思っている)が台無しだ。
「またって……あのね。あなたは敬うべき自分の姉を問題児扱いするつもり?」
「違うんですか? 姉さんが隊長やフラガ少尉、オークレー軍曹に注意を受けた場面ならば何度も見てますけど」
 冷淡な口調で事実を指摘する妹に、ルナマリアは顔の筋肉を硬化させた。その事がメイリンに確信を抱かせる。
「……なるほど、今度はどなたに注意を受けたんです?」
「違うって……」
 怒る気にもなれず、ルナマリアは片手で顔を覆った。
「隊長から今後の予定を聞かされたのよ。それでちょっとね……」
「姉さんだけ火星派の基地に強行偵察を命じられたとか?」
「違う」
「姉さんだけデブリの掃除とか?」
「そうじゃないわよ」
「姉さんだけ機雷散布作業とか?」
「どうしてさっきからあたしだけが損するような事しか思いつかないわけ?」
 つくづく姉を扱き下ろすのが好きな妹である。
 ルナマリアは疑わしく目を細め、メイリンを観察した。自分と同じ赤髪を中央から左右に縛り分け、年齢よりも多少幼く見えるが、それはあくまでも容姿に限った話だ。
 時折、この不肖の妹に、本当に自分と同じ血が流れているのか信じられなくなる。
「まぁ冗談はともかく、隊長は何と? 差し支えなければ教えていただけます?」
「その内、正式に話があると思うけど……『アルメリア』っていう資源衛星に行くらしいわ」
「はぁ、それって確か軍需用の資源衛星でしたよね? また補給のお手伝いとかですか?」
「……他にも色々と細かい仕事があるそうよ」
 彼女らは『ネオ・ジオン地球方面軍第7機動歩兵部隊』に所属するムサカ級軽巡洋艦『ユリシーズW』のクルーである。元々は地球圏にいた部隊なのだが、火星圏における地球派と火星派の抗争が激化しつつあったため、地球派を支援するべく遠路はるばるこのような赤茶けた惑星へとやってきた――はずなのだが。
(わざわざこんな所まで呼び出されてやってる事といえば、ただの雑用係……)
 胸中で呟き、溜息をつくルナマリア。
 デブリ帯の調査。宇宙機雷の散布。軍事衛星の修理や点検する技術者達の護衛。
 地球派の支援といっても、実際はこの程度の活動しか行っていない。別に戦闘好きというわけではないが、わざわざ3ヶ月以上も掛けてやってきたというのに、功績を立てる機会も巡って来ないとは。
「要するに、余所者でしかないあたし達に手柄を取られたくないって事かしらね」
 ルナマリアは不機嫌さの水準が上昇していた。傍目には分かりにくいが、メイリンには姉の声と表情の僅かな変化でそれが読み取れた。伊達に16年も妹をやっているわけではない。
「それでも、前回の任務では敵の拠点から機密データを持ち帰ったんでしょう? 充分な戦果じゃないですか」
「それをやったのは情報をリークしたスパイと、潜入してデータを盗んできた隊長よ。あたし達は隊長の脱出を援護しただけ」
 おまけにその際に敵の新型MSと交戦して、彼女の搭乗していたデミックは脚を失ってしまった。またそれ以上に致命的なのが、彼女の同僚の1人が戦死してしまった事である。
 仲間の戦死に、しばらくは他のパイロットや整備兵達に重い空気のようなものが圧し掛かっていた。現在では皆、精神的な再建を果たしているらしく、以前と変わらない雰囲気に戻っている。ちなみにホーク姉妹は最も新しく配属され、戦死した仲間と交流の機会が持てなかったため、さほどダメージは受けなかった。ある程度親しくなければ悲しみようもない。
「まぁ、こんな所では通る人の邪魔になります。愚痴の続きなら部屋で聞きましょう」
 そう言って自分達の部屋へ向かう。
「何だかその言い方は納得いかないけど……まぁいいわ」
 メイリンの『また姉さんのわがままが始まった』という表情に不平を鳴らしつつ、ルナマリアは妹の背中を追いかけた。



 開拓が進められている火星の周辺には、開拓事業に必要な資源衛星がいくつも浮遊している。アステロイドベルトから輸送されてきたのだが、火星圏における地球派と火星派の戦いは、火星開拓の主導権を握るための戦いでもあり、こうした資源衛星の奪い合いが主になる。勢力比としては地球派が優勢なのだが、火星派に味方する企業や一般人は多く、必ずしも地球派が有利と呼べる状況ではない。
 半ばイタチごっこと化しているというのが火星圏の現状である。そんな中、第13独立実験部隊に出動命令が掛かった。
 地球派の手中にある資源衛星アルメリアの奪取。それが今回の目的である。第4遊撃部隊や第3機動部隊と共に戦線参加となった。付録みたいなものだとはカガリの論評だが、別に卑下しているわけでなく、彼らの現状を端的に表していると言える。



 フェニキア内部のブリーフィングルームにて、MS部隊隊長であるアスランが兵士達の前で作戦の大まかな流れを説明していた。その傍らに控えているのは、フェニキア艦長兼第13独立実験部隊の指揮官アドル・カイラス少将。60代前半の老将校である。頭髪の7割が白く、柔らかい光を放つ瞳は軍人らしさとは正反対の雰囲気を際立てていた。かつては勇猛果敢な軍人として周囲から高い評価を受けていたらしいのだが、頑固な性格が災いして軍中枢に身を置く事が出来ず、退役寸前の年齢に達した彼に与えられたポストが、この実験部隊の責任者という立場だった。軍の首脳陣が彼に実権を与えるようなポジションを削除していった結果、このような場所にいるというのは誰の目にも明らかだ。
 軍人の家系に生まれ、士官学校でも優秀な成績を残したエリート候補生だった……という話だが、今の彼からは、かつては疎ましがられながらも一目置かれていた軍人の面影を窺い知る事はできない。
(確か『牙を抜かれた狼』『老いた猟犬』『羽を毟られた鷹』……他にも言われてたような……)
 目だけ動かしてアドル・カイラス少将を伺い、マナミは不謹慎な事柄を思い出す。これらは本人の耳にも届いているはずなのだが、彼は怒る事も悔しがる事もなく、呑気に笑っているという。彼のこの対応ぶりがこういった蔑称を付けられてしまう要因だろう。マナミの目から見ても、よく言って『昼行灯』といった所だ。アスランがこの部隊に配属され、かつて名声を得ていたはずのアドル・カイラスを見た時、自分の将来を語る辞書に絶望という言葉を載せたという。将来有望株と呼ばれていたはずのアスランからすれば、そうなってしまうのも無理はないかもしれないが、ステラなどは『壊す事と出世しか考えていない軍人よりはマシ』という評価をしている。もっとも、これはカガリやアスランに対する皮肉で言ったのだが……。
「1隊が資源衛星から出撃してくるであろう敵の部隊を出来得る限り引き離し、もう1隊がアルメリアへ直接攻撃を行う手筈となっており、我々の役目は第3機動部隊と共に敵部隊を陽動する事だ」
 そんなアスランの背後のディスプレイに、資源衛星アルメリアと周辺宙域を映し出した立体地図が浮かぶ。細長いジャガイモのようなアルメリアを取り囲むように、無数の細かい光点がひしめき合っていた。その正体は機雷群である。地球派も火星派も、自分達の資源衛星やコロニーをそう簡単に攻撃されてはたまらないという事で、必ず周辺宙域に機雷の散布や防空衛星、軍事衛星の類を配置する。基本的に航路に使用しない宙域には機雷を張り巡らせておき、航路上には防空衛星や軍事衛星を警戒に当たらせる。大げさに見えるが、実際は玩具を取り合う子供のやり口を、ただスケールを大きくしただけである。しかし、いくら機雷等で行く手を阻んだところで、破壊しつつ進むか、機雷除去の作業艇を導入すれば突破は可能だ。時間はかかるので、それほど有効な手段とは言えないが。
 迎撃側はといえば、敵部隊が周辺に遊弋していては航路が塞がれてしまうため、機雷群の外まで出撃しなくてはならない。無論、あまり衛星やコロニーから離れるわけにはいかない。
 戦術的には、攻める側はいかに敵部隊を拠点から引き離すか。守る側はいかに拠点から離れ過ぎに敵を追い払うか。
 今回、第13独立実験部隊は敵を引き離すための陽動を第3機動部隊と共に行う事になったわけだが、主な任務は第3機動部隊が撃ち洩らした敵機の撃墜である。この辺り、いかにこの部隊に対する期待が薄いかが窺えるというものだ。
「……ちぇ、俺だけでも奇襲部隊に回せってんだ」
 不満を顔中に浮かべて頬杖をついているカガリが、左隣に座っているマナミに聞こえる程度の声で呟いた。
「せっかく、新しい装備があるってのに……」
 彼女のデミックに試験的に装備されているアクティブ・ブースターの事だろう。確かに陽動で手薄になった敵拠点を急襲するには打って付けと言えるかもしれない。
「あの、それってまだアスハ軍曹の分しか無いんじゃ?」
 率直に浮かんだ疑問を、小声でカガリに伝える。いくら有効な装備でも、部隊単位で運用出来なくては意味が無いはずだが、カガリはマナミの言わんとするところを理解すると、その疑問を吹き飛ばすように鼻を鳴らした。
「なら、俺のデミックに爆装させろ。あんなジャガイモみたいな岩の1つや2つ、すぐフライドポテトにしてやる」
「正気かい?」
 カガリの右隣(つまりマナミとは反対側)でその台詞を聞いたニコルが、呆れたように眉をひそめる。彼はどうやら自分の意見に賛同してくれるようなので、マナミはカガリが単身で突撃する事の危険性を――。
「そ、そうですよ。アスハ軍曹1人じゃ……」
「目的は資源衛星の奪取だよ? 燃やしてどうするんだい」
 ――訴えようとしたものの、途中でニコルの、論点のずれた指摘に、言いかけた台詞が空転して喉の奥に戻ってしまった。
「あ、そうか」
 しかもカガリの方は納得している。
 ふとニコルと目が合うと、同僚を上手に窘めた少年は苦笑いを浮かべた。しおらしさとか慎ましさといった要素を持ち合わせていない少女を制する術は、自分などよりも彼の方が心得ている事を今更ながら思い知り、マナミは何となく居心地が悪そうにモゾモゾと体を動かして椅子に座り直す。昔から直らない彼女の癖に気付いた人間は、その場にはいなかった。
「……作戦の説明は以上。何か質問は?」
 ブリーフィング用のファイルを閉じながらアスランがクルー達を見渡す。質問が無い事を確認すると、疎ましげな目をアドルに向けた。
「艦長。以上で終わりますが、よろしいですか?」
「うむ……」
 コマ送り画像のような動作で頷き、アドルは顔を上げた。
「……それでは、整備をするなり休むなり、各自の仕事に戻ってくれ。今度の作戦も後方支援なので、あまり力みすぎないようにな。では解散」
 最後は苦笑を浮かべつつ、アドルは片手を挙げる。座っていたクルー達が立ち上がって敬礼を施すと、マナミも慌ててそれに倣った。
 ブリーフィングルームからクルー達が退室する度に、敷き詰められたように硬化していた空気が柔らいでいく。
 マナミ他、3名のMSパイロット達は隊長を待っていたのだが――
「艦長と少し話す事がある。先に格納庫に行って機体の整備をしていてくれ」
 ――と言われたので、授業が終わったばかりの学生の呈で退室して行った。
 
 
 
「……いつまでも石ころの取り合いをしているようじゃ、進展は無いわ」
 格納庫へ向かう途中で、マナミは何となくステラに『いつまで続くんでしょうね。こういう戦い……』と話しかけたところ、そのような冷淡な返事が戻ってきた。
 無口で無愛想。冷淡な物腰。軍人の割には軍に対して痛烈な批判意識を持っているため、周囲のクルー達から敬遠されがちなステラ・ルーシェ少尉ではあるのだが、そんな彼女に対するマナミの懐き様は、第13独立実験部隊における7不思議の1つとされている。知らぬは本人ばかりだ。
 予備の軍服をクリーニングした件に加え、ステラの部屋を尋ねて掃除を行う事もあった。そういった身の回りの世話を焼きたがるマナミもそうだが、それ以上にクルー達にとって不可解なのかステラの態度である。基本的に自分から他人に干渉しないのと同様に、他人から干渉される事を嫌うステラが、邪魔だと言って振り払うわけでもなく、きっぱりと断るわけでもなく、マナミのしたいようにさせている。『鬼の目にも涙』だの『ササミヤ伍長を空気と同義に考えている』だの『弱味を握られている』だのとクルー達は己の想像力の限界に挑むように囁き合っていた。
 そのような無数の囁きを引き起こしている張本人はいつも通り涼しい顔で言葉を繋ぐ。
「火星の企業にも地球派や火星派、両方に技術提供している所もあるわ。これ以上不毛な戦いが続くと、そういう企業だけが元気になっていくわね」
「は、はぁ……」
 吐き捨てるような言い方は、とても火星独立のために戦っている火星派の軍人とは思えない。
「企業が元気になってくなら、火星の開拓が進むんだから良い事なんじゃないのか?」
 背後のカガリが会話に割り込んでくる。
 フン、と鼻を鳴らしてステラは軽侮するような視線でカガリを一瞥する。『単細胞な頭だ』とステラの青い瞳は語っていた。
「なんだよ……」
 むっとしたように眉の端を吊り上げるカガリを、ニコルが制する。
「火星派が優勢になれば、火星の開拓事業は開拓民の人達が主導権を握れるんだよ。そうなれば、火星に住んでる人達が強く権利を主張できるようになるんだ」
「火星独立のために戦うっていうのは、つまりはそういう事なんですね?」
 確認するような口調でマナミが問いかけ、ニコルが頷く。マナミ自身が意図したわけではないが、彼女が口を挟んだ事によってカガリの怒りが外界に現れるタイミングが失われた。
「まぁ、僕達はそれをなるべく早く終わらせるために、これから作戦に参加するわけだけど……」
 そこで、視線をマナミからステラの背中へ移す。
「少尉はこの作戦がお気に召さないので?」
 疑問が半分、からかい半分といった口調だったが、ステラは振り返らず、いつも通り可憐な外見には似合わない低い声で答える。
「……それ以前の問題よ。奪ったら奪い返す。そんな不毛なやり取りの繰り返しが、どうして気に入る事ができるというの?」
 火星派と地球派の現状を見れば、ステラの意見は決して言い過ぎではない。火星独立を巡る戦いは、もっぱら火星周辺の資源衛星や工業、農業施設を備えたコロニーの奪い合いが中心である。火星の地表においても両者の軍事基地は存在するが、開拓推進が最優先であるため、あまり大規模な戦闘行為は出来ない。開拓の遅延は火星に住む人々に反感を与える事になりかねないからだ。
 こうして戦略的な選択肢が狭められた結果、火星派も地球派も使用できない駒が多いチェスを行うような、不毛な戦いを強要される事となった。
 現在、その不毛な戦いの1つに参加すべく、フェニキアは他の部隊とのランデブーポイントに向かっている。作戦開始は明日の20時30分。それまでに各自準備を終わらせなくてはならない。
 格納庫にやってきたマナミ達は各々、MSの整備にかかる。しかし、マナミのキュベレイは磨耗したパーツを交換したばかりだったので、差し当たってやるべき事も無い。手持ち無沙汰になったマナミはガイアの調整を行っているステラを手伝う事にした。
 機体そのものの整備は終わっており、後はコクピットの調整だけであったため、ガイア周辺には整備兵の姿は無い。
 コクピット前のタラップにて、ステラに指示された工具を箱から取り出して手渡しながら、マナミはふとガイアの顔を見上げた。
「カガリさんがこのMSを欲しがる気持ち、何となく分かる気がします……」
 デミックやキュベレイよりも痩身で繊細なフォルム。兵器というよりは芸術品と言うべきかもしれない。
「別に、見た目だけでMSの強さが決まるわけではないわ。天使のような翼が生えているとからって、こんな鉄の塊が空を飛べるとは限らないでしょう」
 ハッチの開け放たれたコクピットから、ステラの冷淡な返事が届く。
「そうかもしれませんけど……あの、ステラさん?」
「今は勤務中よ」
 うっかりファーストネームを呼んでしまったマナミに、ステラが淡々とした口調で窘める。
「す、すみません……あの、少尉。何だか、あまりこのMSを好きじゃないみたいに聞こえるんですけど……」
 ガイアに翼のようなパーツなど付いていないが、そのような揶揄の仕方は遠回しにガイアを批判しているように聞こえてしまう。
「別に……欠点が多いだけよ。この『最新型』は」
 言葉尻に皮肉を滲ませ、ステラは普段とは打って変わって饒舌になった。ガイアの持つ欠点を上げていく。
 曰く、設計に余裕が無いため、拡張性に乏しい。
 曰く、痩身な上に変形機構を有しており、構造的に脆弱さが目立つ。
 曰く、変形機構の存在によって構造が複雑化し、整備に時間と手間がかかる。
 曰く、その割には変形機構は重力下でしか役に立たず、宇宙にいる以上は無駄な機能でしかない。
「そんなに不満なら、俺に譲って下さいよ。少尉殿」
 慇懃な台詞を不遜な態度で言い放っているのは、タラップの下から顔を覗かせたカガリだった。無重力空間を利用して床からここまで飛び上がったようだ。
 彼女は無駄の無い動きでタラップの上に立ち、コクピットからタラップに這い出たステラとちょうど対峙する形になる。
 腰に手を当て、挑戦的な瞳をステラに向けるカガリ。勝ち気な性格の彼女は、この部隊で最も腕が立つと言われるステラをやたらライバル視している。カガリの人柄からすれば、自分とそう年齢も違わないのにエース扱いされているステラを見て、面白かろうはずもない。
「パイロットが搭乗するMSを決めるのはザラ隊長の役目よ。私に言われても困るわ」
「確かにそうだ。でも、隊長はアンタに勝ったらガイアをくれるって言ってた」
「新型に乗りたいなら実力を示せという事ね」
 疎ましげな口調のステラ。そこへカガリの瞳が光を放った……ように、マナミには見えた。その瞬間、カガリが次に言うであろう台詞を予想する。
「なら、勝負だ!」
 マナミは別に全知全能の預言者というわけではない。だが、彼女が予想した台詞は1秒と立たずに音声化された。カガリによって。しかも右手の人差し指で勢い良くステラを指し示すという動作付きで、だ。
 挑戦的な笑みを浮かべているカガリ。感情の無い青い瞳に軽蔑するような光を宿すステラ。そして、対峙する両者の間に挟まれる形となったマナミ。空気が固まったわけではないのに、妙な息苦しさを覚えた。
 カガリが何かにつけてステラに突っかかっては勝負を挑むのは、すでにフェニキア内部では恒例行事と化していた。外側から気楽に見ている者からすれば娯楽の1つだろうが、巻き込まれる者にしてみれば溜まったものではない。例えば、この時のマナミがそうだ。彼女にしてみればとばっちりを受ける事がしばしばあり、この時も一色触発のムードが漂う場所から立ち去るための口実とタイミングを計っていた。
 やがて、ステラが辟易したように溜息をつく。
「アスハ軍曹。あなたも懲りないわね」
「諦めの悪さが取り得でしてね」
 2人がその場を立ち去ろうとする。
「あ、あの! お2人とも、整備の方は……」
「実戦に向けて、シミュレーターで戦闘訓練をするだけだ。こんな奴、さっさと片付けて戻って来るさ」
 引き止めようとするマナミにそう言って軽く手を振るカガリは挑発的な視線をステラの端整な横顔に投げつけている。
「相変わらず仲が良いねぇ。あの2人……」
 たまたま近くを通りかかった、というより漂ってきたニコル。手に持ったファイルを捲りながら呑気に呟く。会話の内容が聞こえていたのだろうか。確かにステラはともかく、カガリには遠慮とか憚りといった要素が欠落している。聞き様によっては2人が気心の知れた仲のようにも思えなくもない。そういう意味では『喧嘩するほど仲が良い』とも言えるのだろうか。
「そうでしょうか?」
 あのようにいがみ合うのが『仲が良い』と表現し得る事なのか、マナミには理解できなかった。
「おーい、マナミちゃん」
 ガイアの足元から整備兵が声を掛けてきた。
「手は空いてるかい?」
「あ、はい……一応は」
 ステラがいなくなってしまったため、これ以上ガイアの調整は出来ない。
「そっか。ならMSの武器を点検したいから、手伝ってくれないか? 今、ちょっと手が足りないんだ」
「はい、分かりました」
 マナミの受け答えにその整備兵は満足げに頷いて、ニコルの方を見る。
「ニコルの方は暇かー?」
「すいません。ちょっとザラ隊長に呼ばれているもので……」
 苦笑いをこぼして、ニコルはタラップの手摺りを軽く蹴り、その場を去って行った。その背中を見送ったマナミはそのままタラップからガイアの足元まで降りて行く。ステラとカガリの事を気にしつつも、まずは目前の仕事を片付ける必要がある。
 
 
 
「あれ……?」
 軍需用の資源衛星『アルメリア』の格納庫にて、ルナマリアは到着した輸送船から資材を運び出す作業を、MSデミックに搭乗して行っていた。
 軍港に接舷していたムサカ級軽巡洋艦ユリシーズWは、艦の整備以外にすべき事も無かったため、差し当たって資材の運搬を手伝わされていた。作業用のアーム等もあるが、自在に動くマニュピレーターを有するMSの方が効率は良い。そのため、第7機動歩兵部隊は便利屋の如く使われている。
 そんな最中、ルナマリアは格納庫の一角に見覚えのあるMSを見つけた。デミックよりも大型の外観が、無骨なデミックよりも更に無骨な存在感を周囲に示している。
 AMS―119『ギラ・ドーガ』
 少し前までネオ・ジオン軍の主力だった量産型MSだったが、今ではほとんど見かけなくなってしまった旧式である。
 頭頂高はおよそ20メートル。これは宇宙世紀0093年代のMSの平均的なサイズであり、現在ではコストダウンと艦船の搭載数を増やす目的でMSの小型化が図られている。デミックがおよそ15メートルほどのサイズなのはそういった理由からだ。
「あんな古いのがまだあったなんてねぇ」
 珍しい物を見つけた観光客のような面持ちでギラ・ドーガの映像を拡大するルナマリア。
 現在ではデミックの配備が遅れている部隊や地球圏の軍事コロニーの奥底くらいでしか見かけない。マニアの間では武装を外し、スポーツ用に改造して乗り回している者もいるらしいが。
『姉さん。作業が止まっていますよ?』
 見咎めたように通信機からメイリンの声。今回、MSに作業させるに当たり、作業状態のチェックや滞っている箇所への指示を行うのが彼女の役目だ。
「あんたも暇ね。こんな事に付き合うなんて……」
『私の仕事はMSパイロット達に必要な情報を伝え、その動きをサポートする事です。別に暇だからやっているわけではありません。地味な作業はすぐにサボりたがる姉さんの監視もしなくてはいかませんし』
「……あ、そう。それはご苦労な事ねぇ。大変でしょう。しばらく休んだら? 1週間くらい」
 言葉の節々にせいぜい皮肉を混ぜたルナマリアだったが……。
『はい、だらしない姉を持つと色々苦労します。心中をお察し下さり、ありがとうございます。しかし敬愛すべき姉が何かトラブルを起こさないか心配でして。お人好しな自分の性格が恨めしいです』
 元来の皮肉屋である妹には敵うはずも無かった。
『おい、2人とも。勤務中に私語は禁止だぞ?』
 通信機で堂々と私語を交わしていた2人を、呆れ口調で注意したのはムウ・ラ・フラガ少尉だった。もはや2人のやり取りには慣れたのか、それ以上の事は言ってこない。
「アンタのせいで怒られたじゃない」
『申し訳ありません。私が姉さんのMSが作業を止めている事を注意さえしなければ、隊長かフラガ少尉が怒るだけで済んだのに……』
 自分の事を棚に上げたルナマリアの言動に、やはり嫌味や皮肉を込めて切り返すメイリン。相手の神経を的確に逆撫でする台詞をアドリブで言えるのは、ある意味において才能と呼べない事も無い。
 妹との口喧嘩に勝てた試しが無いルナマリアは無益な抵抗を断念し、黙々と作業を再開するという現実的な手段を取る事にした。
「全く、いっそ敵襲でもあればいいのに……」
 通信機でも拾えないほど小さな声で呟いたその言葉。このような資源衛星の中でMSに乗って荷物運びの手伝いをさせられ、挙句に妹から注意を受けるという自分の惨めさと退屈さに、つい零れ出てしまっただけなのだが。
 後にルナマリアは、憮然とした面持ちでその言葉を省みる事になる。
 アルメリア奪取のために火星派の部隊が合流したのは、それから4時間後だった。
 
 
―――――to be continue 

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