<2.妖精達のいる場所>

 

 フェアリイ星から南極へ通じる『通路』から200キロの距離に、その『通路』を囲う形で6つの基地が配置されている。
 その中でも最大規模を誇るのが、FAF統合参謀本部が置かれているフェアリイ基地だ。
 前線基地とは比較にならない設備を誇るその基地内の一角に、特殊戦隊のブリーフィングルームがある。
 特殊戦の総監を務めるジェイムズブッカー少佐は椅子ではなく、デスクに腰を下ろして手元の資料と目の前の人物を見比べた。
「大きな目だな」
 それがその人物をひと目見た感想であるが、口には出さない。
 あくまで第一印象であって彼女に対する好悪の念とは関係ない。それはこれから作り出されるものだ。
「朝霧鈴……“鈴”と書いてレイと読みのか」
 日本への留学経験もあるブッカー少佐は、名前の欄を見てそう言った。
 異動が決定していた時点で送られた資料なので、今更本人に確認するまでもないが、コミュニケーションの1つである。
「奇遇だな。特殊戦にはレイという名前のパイロットがもう1人いるんだ。機会があったら会わせてやる」
 直立不動、というほどきっちり立っていたわけではないが、鈴はブッカー少佐と向き合ったまま微動だにしない。
 少佐は綺麗に揃った顎髭を指で擦り、資料の項目を目で追っていく。
「大した戦果だな。FAFでも旧式となりつつあるファーンで、ジャムをこれほど圧倒するとは……」
 TAB−14内で疎まれながら、それでも彼女は一目置かれた存在だった。その理由が朝霧少尉の純粋な技量なのだ。
 朝霧鈴に向いている感情が好意であれ悪意であれ、その事実を否定する事はできない。
 ある兵士が言った。
「戦闘技術の才能に長けた分、人格に問題が生じたんだよ。ありゃ、まるで戦闘マシンだ」
 誹謗めいた口調であったが、彼女の人格上の問題が際立つのも、まさにその戦闘技量による戦果が抜き出ているからだ。
「我々の任務については既に承知していると思う。君にはスーパーシルフの13番機を任せる事になる」
 それを聞いた時、一瞬だけ朝霧少尉の表情にさざ波のような変化が起きたのを、ブッカー少佐は見逃さなかった。
「実際に見てもらうのがいいんだが、生憎と今はオーバーホール中でな。格納庫に戻るには後1週間はかかる」
 ほんの少し、鈴の瞳に残念そうな翳りが差した。
 無表情だが、感情はあるのだな――説明を続けながら少佐は、特殊戦に所属している同名のパイロットに益々似ていると感じた。苦笑を噛み殺すのに少なからず苦労を強いられる。
「差し当たり君には、スーパーシルフに慣れてもらうための訓練に就いてもらう。後席で君をサポートするフライトオフィサ……電子オペレーターを紹介しよう。もうすぐ来ると思うが……」
 まるで示し合わせたようなタイミングで、インターホンが鳴った。
『水嶋中尉、入ります』
 入室した婦人士官、水嶋聖(みずしま ひじり)中尉は、律動的な足取りで朝霧少尉の隣に立つ。
 瞳と首を僅かに動かし、鈴は横を見た。
(キレイな……人)
 端的な感想を胸中で洩らし、鈴は瞳と首の角度をそのまま固定する。
 ブッカー少佐も並んだ2人の対照的な雰囲気に、思わず片眉を上げた。
 2人は同じ国の出身者。だが、髪の手入れもろくにせず、身だしなみも気にかけず、大きな双眸ばかりが印象に残って周囲から気味悪がられる朝霧少尉。
 手入れの行き届いた艶やかな黒髪。狐を思わせるような吊り上がった瞳には生気が漲っている。身長も男性群の中にあって中背と言われるほどはある水嶋中尉。
 街中ですれ違えば、8割以上の男子は振り返るだろう。
 鈴の視線に気付き、聖は整った顔をそちらに向けた。軽く首を傾げ、何か言いたい事があるのかとからかうような視線を投げてくる。
 鈴は自身の思いがけない行動にはっとして、前方に顔を戻した。微かな含み笑いが横から聞こえたような気がした。
「紹介しよう。こちらは水嶋聖中尉。昨日着任したばかりだが、彼女が13番機のフライトオフィサだ。特殊戦に来る前はシルフィードのフライトオフィサを務めていた。その能力は信頼していいぞ」
 君の相棒だ、とブッカー少佐は付け加えてから、今度は水嶋中尉に鈴を紹介する。
「1日遅れだが、彼女がパイロットの朝霧鈴少尉だ」
「よろしく、朝霧少尉」
 事務的ながらもどこか親しみの篭った口調で、水嶋中尉は握手のための手を差し伸べる。それを見たブッカー少佐が意外そうな表情をしたのが、鈴には何となく気になった。
 水嶋中尉の手を珍しい物でも見るように見つめていると、中尉は鈴の手を取り、力強く上下に揺らした。強引な握手だ。
「握手を求められたら快く応じる事!」
 母親か姉か教師のような口調に、鈴は戸惑った。まるで授業中に居眠りしていて、突然指名された生徒だ、とブッカー少佐は柄にもない考えを巡らせて肩をすくめる。
 握手とも思えぬ握手を終えた2人に、少佐は訓練のスケジュール等の説明を始めた。


  

「……女房役?」
「そうよ。フライトオフィサは基本的に前席パイロットのサポートに回るから、そういう風に呼ばれる事もあるらしいわ」
 ブリーフィングルームを出て歩いていると、水嶋中尉がやや砕けた口調で話しかけてきた。
「……女同士なのに変です」
「そうよね。でも、男同士のコンビでもフライトオフィサは“女房役”なんだって。そっちの方が変じゃない?」
「……そうなんですか?」
「そうよ。それにしても……」
 引っ切り無しに話しかけてくる水嶋中尉に、鈴はまだ戸惑っていた。
 鈴に対してこのように明るく接してくる人物など初めてである。たいていの人間は、彼女の外見と性格を敬遠して事務的な用事以外では話しかけてこないというのに。
「鈴って書いてレイか……なんか文字だけ見ると言い間違えちゃうわね」
 何か思いついたのか、水嶋中尉は手を叩く。
「よし、スズ。私、仕事以外ではあなたの事をスズって呼ぶわ。いいでしょ?」
 同意を求められ、鈴はとりあえず頷いておく。別に自分の事を呼ばれるのが分かればそれで良いのだが……。
「何? スズ」
 鈴の訝しげな視線に気付き、早速そう呼んできた水嶋中尉。
 訝しげな視線と言っても、鈴の場合は大きな瞳で瞬きもせずに見るため、それが敬遠される原因の1つにもなる。
「……中尉は」
「ん?」
 鈴の声が聞き取れず、水嶋中尉は耳を近付ける。
「変な人です」
「そう?」
「……はい」
 言い難そうではなく、ただ思った事を口にしているだけの鈴。仮にも上官に対する態度ではないが、水嶋中尉もそれに対して腹を立てたりはしなかった。
「まぁ、よく言われるよ。さっきのブッカー少佐にも言われたし」
 軽く溜息をついて眉間に指を当てる。自分で言うのもなんだけど……と前置きして話し出す。
(別に、話してなんて言っていないのに)
 と鈴は思ったが、口には出さない。気を遣ったわけではなく、単に他人が喋っているところへわざわざ口を挟むのが面倒なのだ。
「少佐が言うにはね。私みたいな人間は、特殊戦では異質なんだってさ」
 特殊戦の任務は敵の情報を集め、それを必ず持ち帰る事である。
 友軍が窮地に立たされても決して援護しない。そのため、味方を見捨てても平然としていられる精神構造の持ち主が適任なのだ。
 つまり、自身の任務の遂行のみを優先して行動する人間。冷酷な言い方をすれば、スーパーシルフのパイロットに人格は必要無く、機体を構成するパーツの一部であればそれで良い。水嶋聖のような性格の持ち主は特殊戦では珍しい。少佐はその意味で彼女を“異質”と言ったのである。 
「前の部隊にいた頃から、特殊戦は機械みたいな連中の集まりだって聞いたけど、本当みたいね」
 そう言ってこちらを一瞥する水嶋中尉。どうして意味有り気な視線を向けるのか鈴には理解できない。機械みたいな人間とはどんなものなのか。特殊戦の他のパイロットを見れば分かるのだろうか。まさかネジや電池で動く人間がいるわけでもあるまい。
「まぁ何にしても、同郷のよしみだもの。仲良くやりましょう。改めてよろしく」
 ブリーフィングルームの時より、いくらか軽い動作で手を差し出す。先ほど言われた言葉を思い出し、鈴は半ば無意識の内に手を出した。
 2人は改めて握手を交わす。その行為自体が特殊戦では異常だというのも知らずに。後で分かった事だが、特殊戦においては親しみを込めた握手などしないのだそうだ。
 


 
 特殊戦施設の把握、スーパーシルフの習熟訓練、デスクワーク等で1週間は瞬く間に過ぎ去った。
「本当、特殊戦の連中って機械みたいね」
 食堂にて、チキンスープをかき混ぜながら水嶋中尉はぼやいた。
 配属された時、他の戦隊員達に自分達が紹介されなかった事が不思議だったが、その理由は特殊戦という部隊の性質にあるらしい。
 他の飛行戦隊と違い、特殊戦は1機1機が別々の任務に就く。
 フライトスケジュールも個々に決められ、13機のスーパーシルフが同じ任務に就き、同じフライトスケジュールによって一斉に飛び立つなど有り得ない。従ってブリーフィングルームにはブッカー少佐と、任務に就くシルフのパイロットとフライトオフィサ、後は必要に応じて秘書官がいるくらいだ。
 全員が集まる事が無いため、ブリーフィングルームには隊員達の趣味の道具が持ち込まれており、半ば使い回しの私室と化しているのだ。
隊員達の性格上、わざわざ非任務時に他のシルフパイロット達に会う事も無い。
「軍隊の中で個人主義者が集まってる部隊っていうのも珍しいわね」
 そんな部隊であるから、昼間の食堂にいるパイロットは彼女達くらいなのだ。他は整備員や看護士、指令センターの人間ぐらいなものである。
「そう言えば、今日だったわね。私達の機体が見れるのって。13番機……番号からして不吉だわ」
 水嶋中尉は向かい側に座って丁寧にパンを千切って食べている鈴を見た。彼女は先ほどからこちらの話など無視しているかのように手元の動きに集中している。
 大きな瞳が凝視しているパンは千切られる度、怯えたように細かく震えた。
「ねぇ、聞いてるの? スズってば」
「……うん」
 間をおいてからの返事に眉をしかめる水嶋中尉。 
「本当に聞いてた?」
「……うん」
「じゃあ今、私は何て言った?」
「……うん」
 軽く頭を抱えて溜息をつくと、鈴はようやくこちらを見た。
「……聖、どうしたの?」
「何でもない」
 当初、鈴は上官である水嶋中尉に敬語を用い、苗字と階級で呼んでいた。
 当たり前の事なのだが、水嶋中尉はそれが気に入らないらしく、公的な場以外では敬語の使用禁止と名前で呼ぶように言い聞かせたのである。命令という形ではなかったので、最初の内は鈴に無視された。
「1度戦場に出ればね……」
 3日前、相棒よりも5歳年長の女房役は人差し指を立て、説教口調で舌を動かしたものだ。どうしてそんなに喋れるのだろうと鈴は素朴な疑問を抱いた。
「あなたは私のサポートが無くては任務が遂行できないわ。前の部隊みたいにただ敵を墜とせばいいってわけじゃないの。私がやれと言ったら即やるべし。いいわねスズ」
「……それは命令ですか?」
「いいえ、お願い。ほら、敬語禁止。水嶋中尉も禁止」
 その言い方自体が命令そのものではなかったか――変化の乏しい表情の内側でそんな事を考えたが、下手に反論して一層口うるさくされると、さすがの鈴も無視を決め込むわけにもいかなくなるため、黙って従う事にした。
(それにしても……)
 聖は頬杖をつきながら、鈴の前にあるトレイを見る。
 パンをスープに浸して食べるメニューなのだが、一見無作法そうに見える彼女の周囲にはひと欠片のパン屑も落ちていない。テーブルや床は勿論、トレイの上にも、だ。ここのパンは乾燥していてただでさえ屑が散らかり易いというのに。
(結構マメなのねぇ。それとも単なる神経質かしら)
 朝霧鈴に対する第1印象は、聖が個人的に思うところがあったにせよ、『機械のような人間』であった。
 見開いた大きな瞳には意思の光が希薄で、他人に対する興味も示そうとしない。実際、1週間付き合ってそれが概ね事実であるのが分かった。
 なるほど特殊戦に配属されるのはこういう輩が多いのか、と納得した聖だが、それでは自分も一緒なのか考えて不満を覚えた。
 しかし、最初に比べると鈴に対する認識も徐々に変化しつつある。“食べる”事よりも“散らかしてはいけない”事を優先させる彼女の行動は、確かに奇異でもあるが、親の言いつけを必死で守ろうとする子供にも見え、逆に人間らしさを感じる。少なくとも聖から見て、だが。
(うーん……)
 とはいえ、散らかさないように気を付ける一方で食事の行儀そのものが良いわけではなかった。パン屑を落とさないためとはいえ、指先まで舐めるのはどうかと思う。   
 



 特殊戦専用の格納庫は13機の大型戦闘機を有している。
 この日は5番機アプサラス、6番機ミンクス、11番機ガッターレが出撃しているが、それでも決して狭くないはずの格納庫は息が詰まるようだ。
 翼を休めているスーパーシルフの内、513という番号が振られた機体に張り付いている人影が1つと、それを後ろから眺めている人影が1つ。
「近くで見るとやっぱり大きいのね。さすがは特殊戦ご自慢のマシンだわ」
 遠方を見るように水平にした手を額に付けるポーズで目の前の巨大な妖精、或いは怪鳥を眺めているのは聖。
 特殊戦が保有する13機のスーパーシルフの、13番目の機体である。
 それぞれにパーソナルネームが与えられており、13番機は『メイガス』というらしい。そう言われればどことなくマントを拡げた魔術師のように見えなくもない。
 ちなみに、先ほどからその魔術師に張り付いてひたすら磨いているのは鈴であった。
「アンタって本当にマメね」
 半ば感心し、半ば呆れるような微妙な表情で、聖は両手を腰に当てる。
 格納庫に戻ってきたメイガスの機能チェックや点検を済ませた2人。
 膨大なチェック項目を長い時間を掛けて消化し終えると、鈴はまるで風呂に入れたペットを洗うようにメイガスの機体表面を磨き始めたのだ。
 整備員も遠巻きに珍獣でも眺めるような視線を投げてくる。
「スズ、もうその辺にしたら?」
「ダメ……ちゃんとキレイにしてからじゃないと……」
 何かに取り憑かれたような、とはこういう場合に使う表現なのだろう。受け答えもどこか機械的だ。
 聖は鈴の私室へ赴いた時のことを思い出す。
 特殊戦に配属された彼女のために用意された部屋だが、どこかちぐはぐな雰囲気を感じた。
 まだ住み始めとはいえ、室内は最低限の家具しか無い。にも関わらず寂れた印象がないのは、行き届いた整理整頓と掃除の賜物だった。
「こういうの、整理された殺風景って言えばいいのかしら?」 
 物欲が極端に少ない。
 しかも物自体をあまり大事に扱わない。
 ところが物を整理したり綺麗にする事に関しては別人のように貪欲になる。
 それが1週間、朝霧鈴という人物を見てきた聖が出した1つの分析結果であった。
 例えば、彼女は本に対する興味も薄いが、借りたら借りたでろくに読まない割に乱雑な扱いをし、ページの一部が折れ曲がってしまう事もある。
 しかし、本を然るべき場所に並べるとなると、徹底的にキレイに並べる。
 さらに部屋はこまめに掃除する癖に、自身の身だしなみについては全く関心が無い。適当な長さの髪には手入れが行き届いておらず、断線した電気配線のような有様だ。
 食事の時といい、矛盾の固まりとも言える彼女の行動。その原理が如何なるものなのか。鈴に対する好奇心から、聖は大いに興味があったが、面と向かって確かめても本人は首を傾げるばかりである。自覚しているわけではないようだ。
「丁寧で大雑把、マメで無精、潔癖で不潔……要するに変な娘ね」
「そういうのは本人に聞こえない所で言うべきだと思うがな」
 声に振り返ると、ブッカー少佐が呆れ顔で立っていた。
 聖は、律儀だがわざとらしい敬礼を施す。
「単なる独り言であります。特定の人物を差して言ったわけではありません」
「そうか? それなら別にいいが……後、そんな柄にもなく真面目くさるな。むしろ喜劇役者に見えるぞ」
「そうはっきりと言われるのは初めてです。それより……」
 口調を崩し、聖はメイガスに視線を戻して続けた。鈴はとえいば、ブッカー少佐がいる事にも気付かずに一心不乱に手を動かしている。
「何か御用ですか?」
「ああ、別に急ぎの用ではないさ。君達にフライトプランを用意した。近日中に飛んでもらう事になるので、事前に伝えておく」
 なるほど、と聖は頷いた。
 戦闘機の操縦を直接的に脳に教え込むという方法により、訓練期間は短くて済む。
 ジャムの戦いを考えれば、時間をかけて機種転換訓練を行うというわけにはいかない。FAFにしても特殊戦にしても、いつまでも彼女らを遊ばせておくはずがなかった。
「ところでどうだ? スーパーシルフを間近で見た感想は?」
 少佐の問いに聖は少しだけ間を置いてから答える。
「前の部隊にいた頃、私はシルフィードの後席からこの機体を見た事がありますよ。戦況が悪化している時でした」
 そんな時、頭上から冷徹に見下ろしてばかりいるこの役立たずな妖精に対し、疎ましいどころか殺意すら覚えたという。
「今度は自分がそういう風に思われる立場になるかと思うと……」
「心苦しいか?」
「いいえ」
 変化した聖の表情を見て、まるで蛇が笑ったようだとブッカー少佐はうそ寒さを覚えた。
「私は見下されるのは嫌いですが、自分が高みの見物をするのは好きです。それに……」
 新任パイロットに徹底的に磨かれている魔術師が、まるで洗われるのを嫌がっている犬に見えて軽く同情しているそうだ。
「軽く、な」
「はい、軽くです」
 楽しげに鈴の後姿とスーパーシルフを見やる。513の文字がいつもよりはっきり見えるのは新しい飼い主の努力の成果か。
「良い性格をしているな、中尉。前の部隊ではさぞ嫌われただろう」
「あら、ファイルには書いてないはずなのによく分かりますね」
「見れば分かる。最初、君はここでは異質だと言ったが撤回させてもらうよ」
 やはり特殊戦に相応しい人材だ、とブッカー少佐は肩をすくめた。
「ありがとうございます」
「褒め言葉に聞こえたか?」
「違うんですか?」
「違わんよ」
 少佐は彼女の言葉が、どこまでが本気でどこまでが皮肉なのか分からなくなった。ただ、今の感謝の言葉は間違いなく皮肉だろうと思う。
「ほらスズ! いつまでもやってないでオフィスに戻るわよ! 訓練のレポートがまだ残ってるんだから」
 言われて、鈴は手を止めて振り返った。意思の薄そうな大きな瞳が、聖の鋭い瞳を見返す。
 この2人と、そっぽを向くように鎮座しているメイガス。
(やれやれ……何とも風変わりなチームだ)
 それは変わり者の多い特殊戦においても更に変わっている、という意味であるが、口には出さない事にした。
「明日は実地の訓練飛行よ。シミュレーションの時みたいに空中サーカスなんかしないでね! 私は地面に激突する経験は仮想空間だけでいいから」
 少佐の不安を掻き立てるには充分過ぎる聖の言葉。
「大丈夫……この子もキレイに磨けば、ちゃんと飛んでくれる……」
 最新鋭戦闘機を“この子”と呼ぶ鈴。ずれた会話に、少佐は益々不安を募らせた。
「はいはい、せっかくキレイにしたんだから壊さないよう気を付けましょうね」
 それでも上手く会話が出来る水嶋中尉は大したものだ。
 正直なところ、鈴が以前の部隊にいた時の風評から、コンビを組む聖が苦労するのではと思ったが、鈴に愛称まで付けているところを見れば、そういった心配は必要なかったと分かる。
(しかし、鈴だからスズ……か)
 最初に聞いた時は読み間違いかと訝しがった。
 そう呼んだ方が可愛いでしょうと笑う水嶋中尉を見て、それでは自分も彼女の事をそう呼ぼうかと言ったところ、少佐にその呼び方は似合わないと言われた。
(まぁ、苗字で呼べば済む話だが)
 鈴と同名のパイロットは、上司たる彼の事を『ジャック』と呼んでいる。なので、どことなく親近感を覚えたのは秘密にしておこうと決めたジェイムズブッカー少佐である。
 



 ―――――to be continue

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